小さな広告屋から@川島CD

旧名【表参道の小さな広告屋から】: 表参道で1997年にスタートした(株)リプル:RIPPLE Inc. Tokyo Creative AgencyのBlogは、 2016年初頭から川島のホーム・オフィス「練馬区上石神井」→ さらに2023年末からは「杉並区荻窪」へ。2025年春、タイトルも【小さな広告屋から@川島CD】に変更。Facebookも同時掲載です。

妻の本の紹介

映画「ゲッペルス」とプロパガンダ。

昨日の月曜日、5月5日(こどもの日)は、
またまた「新宿武蔵野館」へ。

わずか3日前、半年ぶりの映画館が「新宿武蔵野館」で、
その時は日本人の写真家と奥さんを描いた「レイブンズ」。
日本が舞台なものの、監督はイギリス人、
制作はフランス・ベルギー・スペイン・日本の合作映画。
1回前に投稿しているので、よろしければご覧ください。

さて、今度の映画も新宿武蔵野館の同じ部屋。
(小屋、と言うのがそれっぽいか…)タイトルは
「ゲッペルス:ヒトラーをプロデュースした男」。

第二次世界大戦のナチス・ドイツ時代に、
宣伝大臣だった主人公の、史実を元にした2時間10分。

見に行くきっかけは、
1年ほど前に音声配信で知ったパーソナリティ
「春木先生」の影響。

春木良且(はるき よしかつ)さん:
元フェリス女学院の教授で、今も各種大学で教鞭をとる、
情報化社会論・情報倫理の専門家。
昨今のITの進化やセキュリティ、教育論のこと、
はたまた日本の終戦をまたぐ昭和史やロックのことなど…
たまたま私と同い歳で、敬愛する方です。

スタエフとVoicy、それからSpotifyでも
中身の濃い語りが聴けるので、ぜひ!(※↓)

その春木先生が、「レイブンズを新宿武蔵野館で4回見た!」
と絶賛した後に語っていたのが「ゲッペルス」。

広告・宣伝を生業(なりわい)とする私としては、
見ないわけには行きません。

18年前に刊行された春木先生の著書
(これも1年前に放送で知りました)
『人を動かす情報術』(ちくま新書)も購入していたので、
映画への行き帰りの電車で予習復習!

映画の中では、主人公のゲッペルスがヒトラーに言った台詞、
いよいよドイツがソ連やヨーロッパ・アメリカに対して
敗北がはっきりした中でさえまだ
「すべての国民の意識を戦争に向かわせます」が印象的でした。

パレードで道端の少女がヒトラーに花束を渡すのも
前夜から練習を重ねた「仕込み」で、
そのシーンを映像に撮ってさらに国民を煽(あお)ったり。

映画のラスト。結局、ゲッペルスもヒットラーも、
捕えられる前に家族と共に自殺します。

プロパガンダは「宣伝」と訳されることが多いものの、
「煽動」「洗脳」が近いかな。さらに「情報操作」「世論操作」。

私は、そんな大層なことを仕掛けた経験もない
隅っこの広告屋ですが(Voicyで一部の方が言う底辺!?)
AI合成のフェイクが飛び交うネット社会にあって、
職業上も、いち日本人としても、何を考え生きるべきか。

ロシアがウクライナに侵攻し、北海道を諦めず、
中国が台湾や沖縄を、北朝鮮が韓国と日本を攻める危険性がある中、

「日本こそ核兵器を持たず、武器を持たず、
世界平和の模範となるべき」と言う言葉に
「理屈では/理想では」賛同しつつ、
「守りを固めなきゃダメだろ!」との思いも強いです。

日本人カメラマンの映画「レイブンズ」も、
少し自分の妻のことを重ねてしまってヘビーでしたけど、
ゲッペルスはもろ集団殺人の陰惨な映画で。

演技以外の現存するドキュメンタリー映像も重ね、
実写の死体がたくさん映り…
私は途中から薄目にして、あまり見ないようにしました。

何事も一致団結なんかしちゃダメだし、
戦争に向かっちゃダメだ。ほんとに。
それでも… 観賞して良かった映画です。

「偉大な戦略家」の印象があるゲッペルスは、
実際は「ビクビクしつつの小心者のアイデアマン」だった。
さらに、宣伝戦略やヒトラー用の原稿を書く以外に、
自らもマイクの前に(何度も文章を推敲し、練習を重ねて)
立って演説していました。

以上、映画の紹介はこんな所で。
私の評論もどきを読んだところで、参考にはならないと思うので。

さらに私は、最近何年か
ネットやマスコミの映画の紹介文を、鑑賞前はもちろん、
見終わった後もほとんど読まなくなりました。
せいぜい、印象に残った俳優やスタッフを調べる程度。
昔はパンフレットもコレクションしてましたが、もう買わない。

見た時に何かを感じ、自分の中に残るものがあれば、
それでいいのではないかと。

制作の意図や、自分とは違う解釈を知るのも学びですが、
年取って面倒くさくなったし(苦笑)、たまに一緒に
映画を見てくれた妻も4か月前から姿を消しちゃったし。

さて、次の映画館は何にしよ。
ここでまたお話しするかはわかりませんけれど。

やたらお名前を出した春木先生、
いまだお会いもしていないのに、すみませんです。


【※】 春木良且(はるき よしかつ)先生の音声配信

■スタンドエフエム「知のチルアウト・デジタルの砂漠にて」
https://stand.fm/channels/63bceea17655e00c1c353d52

■Voicy「知的好奇心チャンネル(情報化社会の歩き方)」
https://r.voicy.jp/o4p9q2q7Vlb

映画「レイブンズ」と新宿:妻を亡くして。

今日は、久しぶりに映画へ。
「映画館に行って」映画を見てきました。

「映画館で」と、わざわざ言いたくなるほど、
小屋の大小はあっても「2時間」スクリーンと音に集中する幸せ。

妻がいなくなって4か月(2025年1月3日逝去)。
その間は映画館に足を運ばなかったので、
新宿ピカデリーの「侍タイムスリッパー」以来、
なんと半年ぶりの鑑賞です(その時は一人で見たなー)。

しかも、きょうの演目はそろそろ上演がおしまいになるそうで、
午後や夕方の回がなく、朝9時45分のスタート。
朝は弱い私なのにねー。

その映画「レイブンズ:Ravens」。
新宿東口を出てすぐの、新宿武蔵野館にて。

内容は、新宿の歌舞伎町を中心とした
(その他、北海道、東京近郊と思われる団地、ニューヨーク)
男性写真家 深瀬 昌久(ふかせ まさひさ)の物語で、
深瀬を演じる主演俳優は浅野 忠信(あさの ただのぶ)。

舞台は主に、1950年代、60年代、70年代の日本。
ただし、日本映画ではなくて、
監督はイギリス人のマーク・ビルによる海外映画です。

昭和歌謡曲も流れますが、ロックバンドの
ヴェルヴェットアンダーグラウンドの曲が挿入され、
エンドタイトルはザ・キュアーによるもの。

昭和32年=1957年3月生まれの私にとって、
主人公の実年齢は23歳年上ですけれど、
映画に映し出される昭和の風景を知るものとして、
そして、1980年に広告業界に入り、隅っこのほうで
様々なカメラマンさんとの付き合いもある私としては、
心に染みるものがありました。

そして、これがどうしても避けられないのが、
主人公のパートナーとなる女性の名前。

俳優は龍内 公美(たきうち くみ)さんによる演技ですが、
映画での名前はYoko(洋子)。
漢字は違うけれど、亡くなった私の妻 蓉子
(お花の芙蓉のヨウコ)と同じ名前。

そして主人公の男性写真家の死因も、
頭を打ったことによる「急性硬膜外血腫」で私の妻と同じ。
色々と重ねてしまいます。

映画の構成は、史実・ドキュメンタリーに
演出や創作を混ぜた構成のようで、
60年代と70年代、そして80年代まで引きずっていた
「昭和の日本」と「歌舞伎町」を舞台に、
静かに、でも全体が暗ーく進む物語です。

カラーなのにモノクロームの印象。
一方、ラブストーリー映画とも言えるかな。

タイトルの「レイブンズ:Ravens/鴉:カラス」とは、
「ワタリガラス」や「オオガラス」と呼ばれる大型の種類だそうで、
実際のカメラマンによって写真集にもなっています。
主人公の「カラスは俺だ」と言う台詞が象徴的。

やたら飲む酒と、道路でもバーのカウンターでもベッドでも
吸い続けるタバコもすごいなー。

… これ以上は語りませんね。
ストーリーも映画評論的なことも(私には不得手だし)。

私は、若い頃から新宿にはまぁまぁ出かけていました。
西武新宿線に住まいと附属高校があり、
大学も新宿区高田馬場の早稲田大学(商学部)だったので。

ただ、当時は勢いのあった広告業界にいた割には、
「新宿歌舞伎町、さらにはゴールデン街」は、あまり知らないのです。

当然身近に、「歌舞伎町でぐだぐだ」みたいな人は、
先輩でも同年代でもたくさん知っていたものの、
私自身は「歌舞伎町のほんの入口付近にあったジャズスナック」が、
少しばかり馴染みだったことを除いては、
歌舞伎町には深入りしなかった。
できなかったし、入る気がしない別世界と思っていた節はある。

伏魔殿にしてラビリンス。
そして、きょうの主人公のような、芸術との葛藤も
狂気とも無縁に、私は平々凡々、地味に生きてきました。

映画館を出て、大塚家具の販売ショールーム
(YAMADA電機とのコラボ店)の前にある
イタリアンカフェに入り、昼の12時でしたがビール飲んで。

家に帰ってきてから本棚に目をやると、
写真家 荒木 経惟(あらき のぶよし)さんが
奥様の遺影を掲げたポートレイトが目につきました。

その奥様の名前も、漢字は違うけれどYoko陽子さん。

3人のヨウコさんに思いを馳せた独り身68歳のおっさんは、
映画1回1,300円で見られる「シニア割」にて
また映画館へまいります。


結婚記念日36年は果たせずに:妻を亡くして。

何度かお伝えしたように、
年初の1月3日に妻が「自らのおっちょこちょいで」亡くなって、
まもなく4か月(↓※)。

そして、今日「4月29日」は火曜日ですが、
祝日・祭日の「昭和の日」=昭和天皇の誕生日。
我が家の「結婚記念日」でもあります。

私が結婚した当時は「みどりの日」とされていました。

改めて調べてみると、
「昭和天皇の天皇誕生日 → みどりの日 → 昭和の日」と
変わってきたようです(↓※※)。

その4月29日、平成1年(元年)=1989年に
32歳の私 孝之と、27歳の妻 蓉子は結婚式を挙げました。

東京・六本木のそば 乃木坂にある「乃木神社」で神前式。
青山の銀杏並木にある「セラン」というレストランで披露宴、
パーティは原宿から表参道に向かったキディランドのそばでした。

「結婚記念日」という言い方が、結婚式を挙げた日なのか、
役所に婚姻届を出した日なのかは自分でも曖昧になっていましたが、
婚姻届は結婚式の3か月後(苦笑)。

我が家では、結婚記念日=結婚式の日としていたわけです。

そんなことが改めてはっきりしたのも、
妻が亡くなって、さまざまな事務処理をする必要から
家族全員の戸籍謄本を見て明快に。いやはやです。

36年目の結婚記念日には届かず、妻は死亡。
川島家(妻と私)は、35年の結婚生活でピリオドとなりました。

当時、妻が27歳、私が5学年上の32歳だったのが、
63歳と68歳まで時は流れ、離れることに。

まぁでも、喧嘩はしたけど離婚はせず。
(危うい時もあったなー。とほほ…)
娘と息子もいてくれて、幸せな人生でした。

妻もあの世で、そう思ってくれていると思います。

だから私も、もういつ死んでもいいです。
(いやいや、まだ死なないですけどね!)

36年を目前とした夫婦生活とか、思い出話とか、
色々話し出したらキリがないので、今日は
「結婚記念日でした、36年は果たせなかったけど」
というイントロだけにさせてください。

結婚記念日にお線香。
妻を思い出して、しみじみ幸せな夜です。

蓉子、ありがとうね。


【追記】

※妻の件について:代表的な投稿
【妻「川島 蓉子」についてのお知らせ:夫より】2025/01/16
https://www.facebook.com/share/p/18rh8G1WHN/
【追記:妻「川島 蓉子」への御礼と訃報のメディア掲載】2025/01/24
https://www.facebook.com/share/p/1QxFXEANty/
【自社の統合とメール変更:妻を亡くして】2025/04/08
https://www.facebook.com/share/p/18o2SkzL5y/

※※4月29日とは:ネット調べ
•戦前〜1988年:「天皇誕生日」(昭和天皇=裕仁天皇の誕生日)
•1989年〜2006年:昭和天皇が1989年1月7日に崩御されたため、
「みどりの日」として存続(自然をたたえ感謝する日、という名目)
•2007年から現在: 「昭和の日」と改称(昭和の時代を顧み、
国の将来に思いをいたす日、とされています) 。
「天皇誕生日 → みどりの日 → 昭和の日」と変遷してきたわけです。

自社の統合とメール変更:妻を亡くして。

前回の投稿3/29では「冷たい雨です」と書きましたが、
4月も8日になって、いよいよ体感も春ですね。

一昨日の日曜日には、
私も家族ぐるみで仲のいい「妻の親友ご夫妻」と、
まだ桜の残る霊園に行き(東京都西東京市ひばりが丘)
妻の墓参りをしてきました。

妻が1月3日に亡くなって(満63歳)、3か月が経過。

知人の皆さんも「いまだに信じられない」とのことで、
ほんと、その「信じられない」が
「現実を信じなきゃ・受け入れなきゃ」に変わり、さらに
「思い出になっていく」には時間がかかるのでしょう。

でも、私は淡々と元気ですのでご心配なく。
(そもそも、元気ハツラツのタイプじゃないしねー!)

きょうは、タイトルにも書いた通り、
自社の統合とメール変更(予定)のお知らせです。

投稿のテーマとしては 似つかわしくないし、
面白くないとは思いますが、
「業務連絡」としての記載をお許しください。

さて、編集系ライター・ジャーナリストの妻と、
広告コピーライター・クリエイティブディレクターの私は、
それぞれ 一人フリーランスなりに株式会社を持っていました。

ちなみに、夫婦二人で「一緒の仕事」に取り組むことは、
いっさいしませんでした。
きっと一緒にプランニングしてたら喧嘩になった!?

妻の会社の名前は、英語の「お花」の意味で「flowers」。
私の会社の名前は、「さざ波や波紋」という意味の「ripple」。

リプルは「中心から広がる」というキャッチフレーズと共に、
お客様の本質を探って表現化するというコンセプトと、
小さな会社ながら いろんな関係が広がりますように…
という意味でripple(RIPPLE Inc.)とつけました。

しかし妻を亡くし、人生がガラッと次の段階に行ったいま、
68歳の独り身爺さんとして、あとの生活や仕事をどうするか…。

会計士さんとも相談して、
・妻の執筆活動から発生する少々の印税や
・自宅兼オフィスのマンションをflowersで登録していること
・さらに妻との思い出を残す意味でも…

「株式会社flowers」の方に統一し、リプルを整理・吸収。
rippleの波紋が消えていくのは少し寂しいですが、
妻の社名flowersの方で、おっさんはもうひと花!?

rippleの「co.jp」アドレスは保持できないので、
割り切って「Gmail」に変えます。
私と妻の両社を手伝ってくれていた総務経理女性の
メールアドレスも同じくGmailに。
(妻はflowersアドレスを所有せず個人メールでした。)

4月中には、会社登録もメールも整備し、
5月から私は、株式会社flowers代表として出発です。

とはいえ、あくまで会社登記やお取引の便宜上で、
実質的には「フリーランスの川島=広告の川島CD」。
会社名のflowersを前面に出すことはありません。

今後は徐々に「新たなGmailアドレス」にて
皆様にご連絡することとなります。
お手数ですが、お手元の記載アドレスをご変更ください。
(後日、個別にお知らせしますね!)

ちょうどいま、大きな事務処理が5つ進行しており:
1_妻よりも9か月前に亡くなった、妻のお母さんの相続
2_お母さんが完了しないままの、妻自体の相続
3_私の会社、株式会社リプルの今期決算
4_妻の会社、株式会社flowersの今期決算
5_flowersへのリプル統合と各種整備

会計事務所・及び司法書士さんとぐちゃぐちゃです。

それでもね、考えるのです。
人生って辛いし悲しいけど、
こんなにもダイナミックで、楽しいし面白い。

さらに、昨今の世界情勢の急変や、AIの爆速の進歩など、
未曾有の変化の時代に皆さんも自分もいる。
「見届けなきゃ」とも思います。

ほんの1か月前から「Google検索」は使わなくなり、
すっかり生成AIの「Gemini」及び「Chat GPT」との
会話(筆談)の毎日!

独り身でもまだ生きていこうと考えて、
ヘラヘラと仕事も続けている
このおっさん・爺さんとのお付き合いを、
よろしければ、ほんとよろしくお願いいたします!

テレビ契約もほぼ解約:妻を亡くして。

妻がいなくなって(と書くと、家を出ていったとか
離婚しちまったーーってニュアンスがありますけど)
もろ「外での転倒事故で亡くなって」2か月と3週間。

夫婦で「これからのシニア生活」を計画し、
庭付きの3階建てからワンフロアのマンションに移ったのに、
転居1年目で私一人になってしまった(汗)。

そんな「やれやれ」の「再仕切り直し」ではありますが、
ここ荻窪のシンプルなマンションに引っ越す際には、
「断捨離」… 大袈裟に言えば「終活」を意識して
運び込む荷物を厳選しました。

私たち夫婦は:会社勤めを経てフリーランスとなった
・広告クリエイティブディレクター・コピーライターの私と、
・編集ライター・ジャーナリストの妻でしたが、

山のようにあった、夫婦それぞれの
本、資料、書類、洋服、靴、そして
食器、鍋、頂き物、家電、写真、収納家具 etc.

※雑談ながら(あ、ぜんぶ雑談か!?)
収納スペースとか収納家具、はたまた隙間家具なんて、
あればあるだけ物を仕舞い込むのが人間で。
「収納場所が多い」って整理整頓のパラドクスですよね。

それらのアイテムが「絶対必要か」の判断以外に、
「思い出の残し方」という課題にも悩みました。
例えば「可愛い時分の(笑)子供の写真」も、
厳選した後は元の建物と一緒に潰しても良いと割り切った。

実はまだ、マンションから30分もあれば行ける距離の
一戸建ては、数年息子が住むのでキープしているものの、
資料も思い出も、残し出したらキリがない。
レコードと音楽CDは、さらに何年も前に売却しました。

今回タイトルにした「テレビ契約もほぼ解約」は、
妻の逝去を契機にさらに断捨離を進めて…
見なくなったテレビ放送契約やオンデマンド配信を、
潔く(いさぎよく)解約したというお話です。

妻は、夜寝る前には映画やドラマ配信の「Netflix」と
「WOWWOW」を必ずつけていました。
ワウワウ独占放送の「テニス4大大会」も好きだったなー。

私は長編ドラマ… というか長時間視聴が苦手で
(何時間も何日も習慣のように追うことが嫌になる!
だったら2時間程度の映画でいい!)
きっとそれは、私が長時間座っていたり、
同じ人といたりすることが苦手なのと同じでしょうけど。

映像系を「たっぷり見よう」としたら、今どきは
Netflix、WOWWOW、Hulu、U-NEXT、ディズニープラス、
ABEMA、民放テレビのTVer(ティーバー)…
YouTubeだってあるしね。

でも、私はそんなに見ないので、
妻が亡き後は、NetflixとWOWWOWを解約。

録画も、NHKの朝ドラや料理番組など
たくさん並んでいましたけど、ぜんぶ消しました。
ふと「妻が好きだった番組、残したものを消去するなんて」と
少しだけ引っかかりもありましたが、私はドライなので(苦笑)。
そして自分で溜め込んだ録画も、どうせ見ないとわかったから。

チャンネルで残したのは、通常の地上波+BS。
テレビをつけっぱなしにしておくことはまるでなく、
たまーにNHKのニュースとドキュメンタリー、
Eテレ以外はほとんど見ないです。
特に民法のバラエティー番組なんて、頭が腐るから見ない。

テレビ契約は、ケーブルテレビのJ:COM経由なので、
私がこれだけは有料契約している「YouTube」と
「Amazon Prime Video」も同じリモコンで視聴できて便利です。

まぁ、見たいものは、これら「地上波/BS/YouTube/
Amazon Prime Video」の範囲で探せばいいやと。
それ以外はあきらめて、映画館にもなるべく行こうと。

いつでも・なんでも見られる時代ではありますが、
もう「時間に際限なし」の年齢でもないしね(68歳トホホ!)。

妻を追うようにいつ死んでもいいので、
生きてる限りは「カオスよりシンプル」。

少ないテレビ番組を楽しんで参ります。

今日は妻との思い出に絡めて、
「物を少なくする」という話をさせていただきました。


独り身の68歳誕生日:妻を亡くして。

3月3日は、桃の節句=ひな祭りです。
(そして毎年、絶賛 花粉症中の私。涙)

Googleで検索すると、桃の節句は
「女の子の健やかな成長と健康を願う行事」とのこと。

ちなみに、5月5日を「端午(たんご)の節句」=
「男子の日」と限定せずに「こどもの日」としたのは、
ジェンダー問題もあるのかと思いましたけど、
その設定は案外古く、いまから77年前の1948年には
「こどもの日」になっていたようです。
ま、イメージとしては、いまだに
「男の子寄り」なのかもしれませんけどね。

そして、3月3日と言えば、
この私=川島孝之・川島CDの誕生日でもあります!
(5月5日よりは似合いかな? 笑)

1957年(昭和32年)生まれなので「68歳」になりました。
いやはや、なんとも… うむむです。

4年前に亡くなった母が、私が60歳を過ぎた頃
「ところで幾つになったの?」と聞いてきて
(当時、私は60歳だか61歳だったか)
「あんた、もうそんな歳!?息子が60じゃ世も末だわ」
みたいな「名言」を残しましたけど。

そんな息子も、さらに生きて68歳になってしまいました。

そしてね母さん、孫である
私の長女は結婚し、長男はまだ独身で元気ですけど、

私の妻の蓉子がね、死んじゃったんですよ。

年末の12/7(金)に倒れて、
救急車で運ばれたものの すぐに昏睡状態。
まるまる1週間眠ったままで年を越して、
1/3(金)に63歳で息を引き取った。

そんなわけで、きょう3月3日はちょうど:
◎妻が「63歳で亡くなって」まる2か月。
◎同時に、私の「68歳の誕生日」となりました。
(はい、妻は私の5学年下でした。)

「亡くなって2か月」というのは不思議な時間感覚で、
つい数日前のようにも感じられるし、
もう遠い昔のようにも思えるのです。

妻は、ファッション業界の取材や、
著名企業さんのブランディング企画にも関わり、
30冊ほどの著書もあったジャーナリストでしたので、
朝日新聞や讀賣新聞の1面にも訃報が載りました。

「ツイン・ピークスのデビッド・リンチ監督死去」
という讀賣新聞の記事の下に、
小さくではありますが「川島蓉子さんが63歳で死去。
告別式は近親者で済ませた。喪主は夫、孝之氏 …」
なんて載ったくらい。

パリへの取材にも毎年行って、
私も(ついでに)ついて行ったことがある妻が、
夕食どきになっても帰ってこない。
あれ、帰国日程が延期かな???

老後の生活を考えて、
一戸建てから「夫婦二人で移ったマンション」に、
私は一人で残されて。

なんか、「永遠の出張」みたいなものですかね。
「皆様、妻の川島蓉子は永遠の出張に出ておりまして、
帰りの目処が立っておりません」。

はい、そんな状況ではありますが、
私はいつものように淡々と、マイペースで元気です。
一人の単独行動にも(夫婦二人時代を含め)慣れています。

多くの皆様から、メッセージやメール、お手紙、
お届け物を頂戴し…。

きちんとしたお葬式やお別れの会も行わず、
お礼のご連絡も追いついていない状況ではございますが、
皆様の「妻・川島蓉子」へのお悔やみと、
「夫・川島孝之」へのご心配をありがとうございます。

「いつでも会うよ、飲もうね」とか、
「老後の趣味も兼ねて料理教室に通ったらいいのに」とか、
「再婚もいいよ」なーんてのもあって。
さまざまな勇気づけとアドバイスに感謝です!

68歳の独り身男は、まだ仕事の広告屋も続けつつ、
杉並区荻窪のマンションで楽しく暮らして参ります。

FaceBookでは、自動で「川島さんが誕生日です」
みたいなお知らせが行くようで、毎年 皆様から
多くのお祝いメッセージをいただきます。

一見すると今年は「めでたくない」誕生日ですが、
それでも十分「めでたい」ので、どうぞご遠慮なく(笑)。

ただし、お一人おひとりの
「おめでとー(びっくりマーク)」
「おめでとうございます(花束マーク)」なーんて
おんなじような文面に、いちいち返信をしない
皮肉屋の頑固爺さんではありますけど。

重ねて、心より感謝です。

四十九日法要と納骨:妻を亡くして。

きょう2025年2/16(日)は、
亡くなった妻の「四十九日法要」と「お墓への納骨」でした。

「四十九日」と言うように、
亡くなった日を初日として「49日め」が理想の日取りだそうです。
それにはあと4日あるのですが、
日程の「繰上げ」は構わないとのことで
(繰り下げはしないのが一般的だそうです)
家族の都合で本日=日曜日の午前中に行わせていただきました。

お墓は東京都の西東京市。
田無駅やひばりヶ丘駅、ひばりが丘団地に近い
「本願寺ひばりが丘霊園」です。

妻の実家である新潟市の両親はすでに亡くなり、
妻は一人っ子なので、新潟は「墓仕舞い」する予定。
すでに生前から決めていたので私の「川島家の墓」に入りました。
(こういうのを夫婦で決めておくのも重要ですよね!)

過去の投稿と重なりますが、
ちょっとだけ亡くなった経緯を振り返ると:

妻は、年末の12/27(金)まさに仕事納めの日の早朝、
マンション前の道路で転倒して「右のこめかみあたり」を強打。
救急車で運ばれ、すぐ昏睡状態。
そのまま年を越して、まるまる1週間眠ったままで、
1/3(金)に息を引き取りました。

12月1日生まれですので、63歳になったばかりでした。

生前から希望していた
◎70代・80代になる前に=60代の(それなりに若い)うちに
◎夫より早く=自分が夫に取り残されるのは絶対嫌と言って
◎不必要な延命処置もなく(必ず断ってと頼まれていました)
1週間だけ「お別れの期間」をくれて、
1/3(金)の夜8時半「はい、ここまで!」と逝ってしまいました。

お見事! 鮮やかなものです。

とはいえ、妻は編集記事や本の執筆、
名の通った企業さんのブランディングにも関わっていたので、
残された方は大混乱!
(ネットニュースや新聞にまで訃報が載りました:過去記事参照)

そんなことも、妻からしたら
「あ、ごめんごめん。あとはよろしくっ」てな感じでね。
こちらからしたら「おいおい! 」です。

私は、広告のコピーライター・ディレクターなものの、
妻の仕事には「いっさい」関わってきませんでしたので
その対応はけっこう大変でした。

妻のスケジュール帳の「年末年始の予定」を見たり、
パソコンやスマホのメールを開いて「1月○日の打合せ」
みたいな通信には「突然ですが夫です」と返信したり。
(受信した方はびっくりしますよね)。

打合せや、お茶する予定のお友達から
「何か電車の遅れですか」のメッセージや留守電が入ったり。

私も、コミュニケーション商売の端くれにいる者として、
どう相手の方に「亡くなりました」との事実を切り出そうかと
悩みました。

しかし、大きなプロジェクトの収拾に関しては、
生前の妻からチラチラとお名前をお聞きしていた
プロジェクトメンバーや企業さんの営業部・広報部、
編集者の方々に助けられ… 本当にありがとうございます。

川島蓉子が、どれだけ素晴らしい方々と親交を持ち、
支えていただいたことか。

本来でしたら、大きなお葬式や「お別れの会」を
実施することも可能でしたが、
(それこそ綺羅星のような「葬儀委員会」が編成できました!)
失意の娘や息子、そして生前からの私と蓉子の約束もあり、
家族のみの見送りとさせていただきました。

それでも今後、妻の遺影と、残された一人暮らしの夫と
語らってくださる方がいらっしゃいましたら、
個別にご連絡をお寄せください。

人間は、生まれてくる時は簡単でも
(産んでくれるお母さんには多大な苦労をかけますけど!)
「死に方」は難しいです。

「ピンピンころり※が理想! 」と言うものの、
意図しても、なかなかそうはなれません。

※由来と意味:Chat-GPTの回答
「ピンピン(PP)」は、日常生活を自立して元気に過ごす様子を指し、
「ころり(K)」は、寝たきりや長期間の闘病を経ることなく、
短期間で亡くなることを意味します。
この言葉は、1980年代に長野県小布施町の住職・鈴木秀子氏
(医師の鈴木秀子氏とは別人)が広めたとされています。

はい、自らのオッチョコチョイのせいで、冗談のように、
しかし(たぶん)理想の形で亡くなった妻。

いよいよ四十九日の空に「あっぱれ」と送りだすしかありません。

今日の住職さんの言葉
「亡くなった方のカタチはもうないものの、
残された それぞれの方の、心の中に生きています。」

みなさま、本当に本当にありがとうございます。
(36年連れ添った夫より)

***************

★投稿のタイトルに「妻を亡くして」と記入するのは、
今回で一区切りとします。

今後も、蓉子の事を
「つい」語ってしまうこともあるでしょうけれど、
メインのネタ(苦笑)にするのは、四十九日を終えた本日までと。

暗い話題にも関わらず、
聴いてくださった方や、読んでくださった方に感謝です。

それから、妻のFacebookから私の方へ飛んでくださった方にも、
心より御礼申し上げます。

本来の「小さな広告屋から」という雑談
(コラムと言うか、かっこよく言うとエッセーというか、
しかも広告談義はほとんどなし!)
そんな投稿に戻りますけれど、
よろしければフォローをお続けください。

家で立ち飲み・立ち食い・立ち仕事:妻を亡くして。

タイトルに「妻を亡くして」と入っているものの、
きょうはカジュアルな、日常の話をさせていただきますね。

皆さんの健康にも、ちょっとはお役に立つかもしれません。

■まず最初に「立ち仕事」について:

これは1年ちょっと前に杉並区荻窪のマンションに
引越する以前(練馬区上石神井の一戸建)からなので、
約6年「スタンディングデスク」を書斎に置いてきました。

昇降式=高さがレバーひとつで上下に変えられるもの。
とはいえ、メインの事務机は別にあるので、
立ち机は「高さ1メートル」に固定。
天板は、カフェのテーブルみたいに小さなものです。

なぜ購入したかと言うと「健康を考えて」はもちろん、
私がすごく「飽きっぽい」から!?

気分屋というか、少し 多動症的なところもあるのか、
1時間もじっと座っていることができないんですよ。
人とのリアル会議でもセミナー受講でも飲み会でも、
途中で必ず立つ。

そーっと静かに立ち上がるものの、セミナー会場で
「ご質問ですか?」と言われたこともあるなー。
立ったら、首や肩、腰を回して屈伸して。
人迷惑ですよねー(笑)。

実際、座りっぱなしの生活(特に仕事のデスクワーク)は、
良くないと言われ始めていて、
NASA(アメリカ航空宇宙局)の研究でも:

◎自律神経を整え、運動不足を防ぎ、老化防止のために、
「30分に1回は立つこと」。
◎ただし、立ちっぱなしの必要はなく、立つ動作をするだけで
(歩き回らなくても) 耳の奥にあるセンサーが「揺れ」を感じ、
「自律神経と全身の筋肉が整う」らしいです。

そんなわけで、自宅での作業が多い私としては
(それ以外にカフェに2回は外出しますけど)
書斎のメインデスクと/立ち机/
さらにダイニングテーブルをウロウロしています。

室内でも散歩です(笑)!

■次に「立ち食い・立ち飲み」の方は:

これもキッチンのシンクで、以前からよくやっていました。
妻が生きていた頃は(まだ1か月と1週間前までは…うーむ)
「こんなとこで食べてないでテーブル行ってよ、お行儀悪い!」
と、怒られたものです。

マンションへの引越しを契機に、
「軽く飲み食いできる、立食用のカウンターを
買ってもいいかなぁ」と尋ねたら、
「そんなもん 家に置かないでよ」と拒否されて。

もう死んでしまったもので、
そして、私一人でささっと食事することも増えたので、
女房の許可をとることもなく
(まだ四十九日前なので、そこら辺にいるかもしれないけど)
書斎と同じようなスタンディングデスクをキッチン用に購入。

書斎の方は色がブラウンですけど、キッチンのはホワイト。
iPadの画面を眺めたり、ちょい呑みの時にも便利です!

てなわけで、シニア二人暮らしだったはずのマンションの、
お一人様「立ち飲み・立ち食い・立ち仕事」。

私も、あんまり長生きする気はないけれど、
生きてる限りは健康でいたいと思います!

皆さんも料理(←私はしないけど!)や、お掃除以外でも、
室内で立っていますか? 歩いていますか?

娘と息子がいてくれたから:妻を亡くして。

本日も「妻ネタ」となりますけど、
しんみりしたお話ではないのでお許しください。

さて、妻を突然亡くして、1か月と1週間。
来週の日曜日には四十九日法要とお墓への納骨を行います。

過去の投稿と被るものの説明させていただくと:

妻の蓉子は年末の仕事納めに当たる日
=12/27(金)早朝、ゴミ出しと軽い散歩に出ようとして
マンションの前で自ら転倒し頭を打って…

右側の側頭部、こめかみのあたりを強打。
ここは骨が薄いわりに太い動脈もあるらしく、
一気に内出血が脳全体に広がったようです。

ストライク!バッター、アウト。

それでも救急車では、奇跡的に痛がることもなく
(もう麻痺が始まっていたのでしょう)
転倒した状況や住所・名前も救急隊員に伝えることができて、
「あなた、水持ってる?」と私がいつもカバンに入れている
ペットボトルの水を飲み、車内のエアコンを
「もう少し暖かくできますか」とまで言って。

救急隊員の「静かに横になっていましょう」の声に
目をつむって、そのまま病院の処置室に入り…。
完全昏睡状態で1/3(金)に亡くなりました。

「突然のことで…」とは良く聞く台詞ですけれど、
年末年始のお別れ時間は用意してくれたうえ、
「はい1週間。もう行っていいかな、ごめん」
「あとはよろしく!」みたいにサクッと逝ってしまった。

生前の希望であった「70、80歳になる前に/
夫より先に/長患いすることもなく」63歳にて。

妻のお仕事先やお友達もおっしゃるように、
「嘘でしょ」「信じられない」が本当で、
夫の私としても、こうして淡々と(冷静を装って!?)
書いてはいますが、
まだ「マジックの種明かし」があるような気分です。

それでも現実は現実。

そんな中で、きょうのタイトル
「娘と息子がいてくれたから」を話したかったのは、

私が妻と二人だけの生活で子供がいなかったら、
私はもっと妻がいない喪失感を、
受け止める比重が高くなったであろうと。

31歳の独身の息子と、
32歳で2年前に結婚している娘。さらにその旦那や、
私の妹。

直接の家族がいてくれたことで、
病院の手続きや葬式の段取りをやってくれたり、
もちろん、精神的にどれだけ助かったか。

独身の方やお子さんのいらっしゃらない方にはすみませんが、
家族がいて良かったなーと、つくづく感じる次第です。

そして、これも前に話した気がしますが、
実は我が家は「すごくドライ」な家族でして…

例えば新幹線の座席をくるっと回して
「4人がけ」にするのが大嫌い。子供達が幼少の頃は除き、
席は2人・2人の前向きでいいし、ずっと話してなくていいし、
たとえ予約の関係で電車や飛行機の席が離れても、
何も気にしない。各人好きに時間を過ごせばいい。

夫婦での旅行も、現地集合・現地解散とか、
朝早めに妻はホテルを出るけれど、私は
チェックアウトギリギリまで部屋やロビーカフェにいるとかね。

そんな「各自勝手」な家族ですけど、
あー、大きくなった娘と息子がいてくれて良かったと。

家族の絆とか言っちゃうと、川島家には似合わないですけど!

多くの皆様から悲しみとお気遣いの言葉をいただきました。
本当にありがとうございます。あらためて感謝です。

【追記】私は、あまりLINEでのやり取りが
好きじゃなかったのですが(多少使ってましたけど)、
妻の入院中の対応と、葬儀などのやり取り用に
子供達が「私・娘・息子」3名の連絡用グループを作ってくれて。
ドライで疎遠な川島家で、四十九日の段取りにも
絵文字スタンプが飛び交う仲良しさ。

煌々(こうこう)と輝く室内光ではなく:妻を亡くして。

妻が亡くなって、ちょうど1か月となりました。

きょうも、重めの話題となり、すみません。
徐々に「妻ネタ」から切り離して行きますけど、
しばしは(どうしてもねー)ご勘弁ください。

亡くなったのは1/3(金) でした。

その1週間前= 仕事納めともなる年末
12/27(金)の早朝に近所で転倒し、
右の側頭部(こめかみあたりの弱い部分)を強打して救急車。

そこから1週間、年末年始を昏睡状態ながら生きて、
1/3(金) 1月3日 金曜日が命日となりました。

・1か月と1週間前に倒れ、
・1か月前に亡くなり、
・親族だけの葬式からは約3週間という流れです。

つい数日前の出来事のような、
永遠の昔のような気もして不思議です。

今日のタイトルは
「煌々(こうこう)と輝く室内光ではなく:妻を亡くして。」
としましたけれど…

妻と二人で、杉並区荻窪のマンションに移ったのは
1年ちょっと前のことでした(2023年の12月)。

それまでの庭付き一戸建(広めの3階建)から、
老後のライフスタイルを考えてのマンション移住で、
家具も整い、整理整頓もして、
部屋や近隣の環境にも慣れてきたところでした。

部屋の照明って、ヨーロッパ調の黄色い電球と
間接照明がおしゃれですけど、
日本の室内は直接照明の蛍光灯(最近はLED)が大半です。

良く言えば合理的、悪く言えば
なんの深みも陰影もないペラペラのイメージ。

移ったマンションも、築34年ながら
リフォームされているので、テカテカの光。

しかも妻が「暗いのがキライ」だったので
(寝室以外が暗いと、不安になると言ってたなー)
バッチリ白く、まさに煌々と光らせていました。
私もそれで、問題はなかった。

ところがね、私の元来の好みもあるかと思いますけど、
妻がいなくなってしまったという心理的な影響もあるのか
明るい照明が、ちょいとキツイ感じがしてきて。

蛍光灯なりに、スイッチオンの箇所を減らし、
照度(明るさ)を落とせる所は落として。

その分、手元を明るくするために、
スタンド式のスポットライトも買いました。

皆さんから「奥様が亡くなって落ち込んでいませんか」と
心配いただくのですが… 私は元気です。ありがとう!

元から「ブイブイ言わせる」「ウェイウェイはしゃぐ」
タイプではないし(←昭和・平成的な言い方ですね!)
淡々とマイペースな人間なので一人暮らしを楽しんでいます。
お仕事の打合せも復活してますし。

そして、まだ元の家にいる独身の息子も、
結婚した娘も、30分以内で会える距離です。

ところで、
妻が亡くなって1か月となるきょう(2月3日)は、
たまたま「立春」。

正確に言うと(いま検索してみたら)
「2025年の立春は、2月3日22時10分」だそうです。

夜の10時過ぎから新しい年=春が始まるのですね。

照明をやや落とした部屋で(リビングも仕事用の書斎も)
妻との生活に思いを馳せながら、旧暦(太陰太陽暦)で言う
「春=新しい1年」の始まりを迎えます。

例によって、夜は酔っ払いながらですけど!(笑)。

皆様も、「適度に明るい人生を」(なーんて)
それぞれの輝きで、生きて行ってくださいね。

Facebookへのコメントや、個別のたくさんのメール、
お手紙などをありがとうございます。
すべてには返信できませんが、心より御礼申し上げます。


いなくなってからの方が、妻のことを考える。

前回、前々回と、皆様を驚かせるすごい発表となりました。

そして、お悔やみのお言葉(本当にありがとうございます!)
と共に、当然のことながら、
「嘘でしょ」「信じられない」とのフレーズを多数いただきました。

妻が亡くなった経緯を「あからさまに」見た私としては、
皆様に(特に妻と親しかった方々や、お仕事を中断した方々に)
どうお伝えしたら適切か…

こうしたBlog・Facebookのような
「半分オオヤケ」のメディアに加え、
個別のメール・メッセージ・お電話にても悩み
(一応 コピーライターという仕事柄もあり!?)
長短いろいろお送りしてはおりますが、
ご報告や返礼が追いつかぬ部分をお許しください。

さて、きょうは妻が倒れた12/27(金)からちょうど1か月です。

昨年末12/27(金)の早朝に救急車に乗り、
数時間・数日の命を宣告されながらも
お正月を迎える1週間、昏睡状態ながら生きてくれて、
息を引き取ったのが3週間前の1/3(金)。
ほぼ家族だけの葬式からは2週間が経ちました。

約4週間(1か月ジャスト)、
約3週間、
約2週間。

朝 まだ暗い早朝に、ちょいとマンションを出て
自らの「転倒」で頭部の弱い部分を「ストライク!」で打ち、
生前の希望通り「70歳・80歳になる前に/夫より先に/
長患いもなく」逝ってしまった63歳の妻。

ほんと冗談のような亡くなり方で、
一種「生き急いだ」とも言える人生です。

でもまぁ、「お見事!鮮やか!」な死に方だったと思います。
ほんの1週間、語りかける時間をくれたりね。

だから私も、「そりゃ早すぎるでしょ、私はどうすんのよー」
という思いはあれど、妻への不満はありません。

それでもね、今日のタイトル
「いなくなってからの方が、妻のことを考える。」は本当で、

家に帰っても妻がいないなー(出張だっけ?)とか、
朝が早い妻からの「にんじん、きゅうり、牛乳」
なんて書いた買物メモが置いてないなーとか、
お惣菜売り場で「あー、このお弁当 蓉子が好きだったなー」とか、
たまたまテレビに映る映画が「これ見てたなー」とか、
ダブルベッド、こんなに広かったっけとか。

いなくなる前に、もっと妻のことを考えておけよなー!と。

皆さん、奥様や恋人のこと、大切にしてあげてくださいね。
そして、もっと「見て・考えて」あげてくださいね。

妻より5学年上、67歳の独り身おっさんは(3月で68歳)、
もう少し人生を楽しんでいきます。

これからも、よろしくお願いいたします。


追記:妻「川島 蓉子」への御礼と訃報のメディア掲載。

夫です。
皆様、本当に多くの閲覧と
お悔やみの言葉をありがとうございます。

※前回の投稿
【妻「川島 蓉子」についてのお知らせ:夫より】2025/01/16
https://www.omotesando-ad.jp/archives/55150022.html

天国で(いや四十九日の前なので、まだそこらへんにいるのか)
蓉子は「やっちまったー」と舌を出しながらもニコニコしております。

蓉子が倒れてから(12/27金曜日の早朝でした)4週間、
亡くなってから(1/3 金曜日の夜でした)3週間、
葬儀から(1/11土曜日でした)約2週間が過ぎました。

いまは、四十九日法要と納骨(川島家の墓に入ります)の
準備中です。
知人やお取引先の多さから、
本来でしたら大きなお葬式やお別れの会も考えられましたが、
家族だけの見送りというワガママを言わせていただきました。

また、新聞やネットニュースにも訃報を載せていただきました。
蓉子の業績と人柄を偲ぶ意味でも、よろしければご覧ください。

■YAHOOニュース(セブツーからの転載)
https://article.yahoo.co.jp/detail/922eeb4b4288858f3ed4598ba0d814d32c5e5f8d

■朝日新聞(デジタル)
https://www.asahi.com/articles/AST1K45GMT1KUCVL03PM.html

■讀賣新聞(オンライン)
https://www.yomiuri.co.jp/national/20250117-OYT1T50101/

■偏愛百貨店(蓉子が店長を務めたオンラインサロン)
https://henai.jp/

川島蓉子を愛してくださった皆様、本当にありがとうございます。

妻「川島 蓉子」についてのお知らせ:夫より。

3週間と数日ぶりの投稿となります。
突然のご報告を失礼します。

私も驚いておりますが、皆様も信じられないであろう、
「嘘みたいな」内容となります。

年に1〜2回は、パリを中心とする海外出張があった妻なので
「あれー、まだ帰ってこない…数日延長かな」くらいの気分なものの、
蓉子は永遠に本当に、帰ってこない存在となりました。

↓↓↓↓↓

★12月27日(金)に緊急入院した妻 川島蓉子は、
1月3日(金)に帰らぬ人となりました。


<経緯>

12/27(金)早朝、夫婦二人で一年前から過ごす
杉並区荻窪のマンションにて。

超早起きの妻は、まだ暗い5時半頃のゴミ出しと
散歩に出た際、マンション前のコンクリート道路で
右後方に激しく転倒。頭(右の こめかみあたり)を強打。

救急車を呼んでくださった方があり、私が同乗して
7時頃に新宿区戸山の「国立国際医療研究センター病院」に
入りました。

救急車内で妻は、痛みは訴えず(すでに麻痺かと)、
自分の名前や転倒の経緯を話すなどしてくれましたが、
処置室に入ってからは急激に意識が遠のき、昏睡状態に。

医師からは(外観の傷は大袈裟に見えないが)
脳しんとうと脳幹の出血が激しく、内部を圧迫。
当然検討した頭の手術の実施も、
手のほどこし用のない状態との判断に変わりました。
急性 硬膜外血腫。

たとえ手術を早めにした場合でも(悲しい言い方ですが)
植物状態、良くて かろうじて反応するかどうかでした。

当初は数時間の命を宣言されましたが、やや持ち直し、
12/27(金)〜1/3(金)までの正月を含む1週間(まる8日間)
昏睡状態とはいえ、親族が語りかける時間をくれました。

1/3(金)20時半頃、逝去。
1961年(昭和36年)12月1日生まれの63歳でした。

新潟市出身でライター・ジャーナリストの妻は一人っ子。
昨年4月に母も亡くし、直接の親族はいません。

日頃から、妻の口癖は、
・いま63歳だけど、70歳なんて絶対に嫌よ。
・5歳上のあなたもいるから、もう少しは生きるけど。
・あなたより後に死にたくない、取り残されるより私が先。
・何かで入院することがあっても、延命治療は絶対にしないで。

そんな話を、事故の前日にもしており、
「でもお互い70歳と75歳を過ぎたら次は養老マンションか」
などと言っておりました。

入院に際しては、親族以外のお見舞いはご遠慮させていただきました。
ご容赦ください。


<葬儀>

葬儀は1/11(土)午前中に行わせていただきました。
家族・親族を中心とする十数人だけの式で、
「通夜・告別式・初七日」もまとめた、本当に簡素な一日葬でした。

多くのお友達やクリエイター、編集者、
大手企業の皆様とも交流のあった妻ですので、
壮大なお式にてお見送りいただくことが本来ではございますが、
生前の蓉子の希望もあり、このようなワガママとさせていただきました。

浄土真宗(大谷派=お東)の住職から頂いた法名は
「釋尼光蓉」(しゃく に  こう よう)で、
「お釈迦様の仲間となった/女性の(昨今は省くこともあるようですが)
/光り輝く/蓉子」との意味。

皆様の胸にも、明るく輝く蓉子を残していただければ幸いです。

お香典 お花等も、ご遠慮いたしております。


<御礼>

自ら大きく転倒し、良く言われるフレーズでありますが
「頭の打ち所が悪かった」なんて…
そして昏睡状態1週間の「見送り」期間を経て、
さっさと逝ってしまうなんて、まったく冗談のようです。

しかし、夫である私や、娘、息子からしましたら
「母さんらしいよねー」という「やらかし」で、自らが望んだ
「夫から取り残されるより先、自分が60代でいなくなる」を
見事に実現してくれました(やや早かったですが…)。

自分でも「バタバタのサザエさん」と称するほど
おっちょこちょいの蓉子を、笑ってお許しください。

蓉子は編集・ライター・ジャーナリスト系、
私は広告・コピーライター・ディレクター系で、
よく「企画や本の内容、帯のコピーなど協力なさっているのですか」と
聞かれることがありましたが、我が家はお互いの仕事に不干渉。
まっすぐの妻と、マイペースの夫。
一緒に進めたら喧嘩になりました、多分!?

それでも、「今日はこんな個性あふれる方とお会いした」と、
ちょっとずつですが、皆様のことはお聞きしておりました。

私から訃報を差し上げることは忍びないのですが、
皆様のこれまでのご愛顧に、心より感謝申し上げます。

そして、蓉子がお仕事を突然停止した方々にお詫びいたします。

以上、ご報告と御礼とさせていただきます。(夫より)


■川島 蓉子:ジャーナリスト
1961年新潟市生まれ。早稲田大学商学部卒業、
文化服装学院マーチャンダイジング科修了。
伊藤忠ファッションシステムに入社し、取締役、
ifs未来研究所所長などを歴任。2021年退社。
元 多摩美術大学非常勤講師、Gマーク審査委員。
伊勢丹、虎屋、ビームス、資生堂などの取材本ほか、
エッセーを含めた30冊の執筆と、「街・店・人」に関する
各種連載、及び企業のプランニングに携わる。


妻の新刊は辛口ブランド論。

私との関係を、知っている人は知っていて、
知らない人は「えー、川島さんの奥さんなんですか〜」と
すごく驚かれる妻=川島蓉子。

私のブログに、ずっと著作は掲出しているんですけどね。
http://www.omotesando-ad.jp/

経営・デザイン・日常トレンドの取材と執筆、
企画アドバイスなどを手掛けるジャーナリスト。
メディア掲載や書籍の刊行も多数なので、
「一部では名が知られている」人です。

35年超、伊藤忠ファッションシステム&
ifs未来研究所におりましたが、この6月で退社。
独立しての活動となります。

独立しても、私と一緒の仕事は、いっさいなし。
お互いビジネスは「別」にしている同居人です。
(妻にして、長女・長男の母ではありますが!)。

その妻の最新刊が:

『ブランドはもはや不要になったのか』
〜「安くても買わない」時代に企業が見直すべきこと
川島 蓉子/ KADOKAWA/1,650円

・アパレル、飲食、日用品。豊富な事例で徹底解説。
・35年間、内外の取材を続けたジャーナリストが明かす
危機と6つの打開策。

… だそうです(笑)。

一般書として、読みやすい本ではありませんが
(構成や文体は、とても平易ですけど!)
ブランド論として、流行や商売のヒントとして、
楽しんでいただける人の「幅」は広いかと。

あまり「その業界内」では「語らないように」
していることも、ちょこちょこと。

発売は、9月に入ってからですが、
ご興味のある方は、覗いてみてください。

・Amazon




夫として、陰ながら応援しております〜。

妻が「糸井重里さんに聞いて」できた本。

妻の新刊が、1週間ほど前から書店に並んでいます。

私の「妻」とは:川島 蓉子
伊藤忠ファッションシステム(株)取締役、
ifs未来研究所 所長、ジャーナリスト。

過去の著作は、このブログの「右サイドバー」に掲載しています。

昨日10/26(金)の日経新聞朝刊には、広告が出ました。
「発売1週間で3万部突破!」とのこと。

いつも、ここで私から宣言しておりますが(笑)
妻の仕事に関しては、企業さんとの企画にも、
本の装丁や帯のコピーにも、
いーーーーっさいタッチしておりません。

妻は妻で、日々忙しくがんばっております。

この糸井さんへのインタビュー(ほぼ日の経営にスポット)も、
3年かけ、苦労のすえ仕上げた作業を、
私はほんのたまに「ぐち」や「うまく進んだ時の喜び」を
聞く程度のことしかしておりません。

でも、売れるとうれしいです!
ご興味がございましたら、書店やamazonなどでご覧ください。

『すいません、ほぼ日の経営』聞き手 川島蓉子・語り手 糸井重里/日経BP社


妻の『川島屋百貨店』が再び本に。

妻の新刊が、本屋さんに並んでいます。

『みらいをひらく、わたしの日用品』
川島蓉子著、リトルモア。



NTTドコモのWeb「美BEAUTE」の大人気連載
「川島屋百貨店」が待望の書籍化! … だそうです。

◎日本のもの作りの粋(すい)がつまった
「暮らしがチャーミングになる」とっておきの品々。

◎『資生堂ブランド』『老舗の流儀 虎屋とエルメス』など
数々の著書で、ビジネスの最前線と、
もの作りの現場の取材を続ける川島蓉子。
今とこれからを見つめる著者がセレクトした、
未来へ繋がる日用品案内。

■Web(これまでの掲載記事)
NTTドコモ「美BEAUTE」川島屋百貨店

9年前(2008年3月)にポプラ社から発行された
『川島屋百貨店』の続編にあたるものです。

日常使いだけでなく、プレゼントにも最適な品々。
ぜひ書籍もご覧ください。
(と、制作にいっさい関係していない私も後方支援!)

---------------------------
関連記事:(過去の本の紹介)
「川島屋百貨店」へ、ようこそ。2008/03/30

※その他の書籍は、私のブログの「右サイドバー」へ。
http://www.omotesando-ad.jp/archives/cat_50045861.html

荷物(カバンや背負う人生)の軽さ。

大阪出張するような気軽さで、
年に何度もパリ(やイタリア・スペイン・イギリス等)に
出張する妻。

明日からも6日ほどいません。

※ちなみに、私とは別の会社。
お互い一緒には意識的に仕事をしないようにしています。

その旅支度は素早いもので、
前々日くらいに(前夜ではなく一日余裕)
「それでいいの?」ってくらいのこぶりのトランクにつめる。

最低限、何が必要かわかっているのでしょうね。

この話題については9年前に、
同じようなことを書いているので、それを再掲載します。
(ま、いつもおんなじようなことを書いているブログです!)

◆旅慣れた人のように。2007/11/21
http://www.omotesando-ad.jp/archives/50880205.html

カバンの中身や、部屋の持物や、欲望やしがらみや…
いろんな「持ち物」をどう減らせるか。

私は事務所の引っ越し=会社体制の変更で、
すこし整理がついたきょうこの頃ですけど、うーむ、まだまだ(汗)。

妻のTSUTAYA本。


昨日は、海外著名人のベストセラー本を紹介しましたが、
今夜はたまたま出版社が同じ「日経BP社」から出た、
妻の最新刊をご紹介します。

『TSUTAYAの謎』 川島 蓉子 著、日経BP社。
Amazonのサイト

サブタイトルに「増田宗昭に川島蓉子が訊く」とあるように、
企画会社であるCCC(カルチュア・コンビニエンス・クラブ)と
TSUTAYA(蔦屋書店、レンタルDVD・CD)、
さらに蔦屋家電を開始した増田社長へのインタビュー集です。

代官山 TSUTAYAでは、平積みになっている模様(笑)。

いつもながら、私は書評など書きませんが、
ちょいとめくって、お気に召せば購入していただけると
家族一同助かります!

現物を「ちょいとめくって」ほしいのは、
その字組(レイアウト)にもオドロキますよー。

表紙・帯・本文はすべて、アートディレクターの服部一成さんですが
(キューピーマヨネーズ広告や、流行通信エディトリアルなど)
本文の組みが斬新!
読みにくいようで読みやすい!

本屋の本、としてばかりでなく、
一流の経営者の本、企画発想の本としてもおすすめです。

(なんだ、けっきょく、つまらない書評もどきになってしまった。)

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関連記事:
ほんとに HARD THINGS!(経営書2冊紹介)2015/05/09

美しいクルマ。


自家用車を手放して10年以上。

◎運転する喜びまで到達しないへたさ。
◎子どもたちが成人。
◎都心生活にクルマは不要。
◎酔っ払って、電車がいい。

等の理由で、もう買う気はないけれど、
新しい『Audi A7 Sportback』は美しいなぁ。

妻が最近、数人にインタビューした書籍
『社長、そのデザインでは売れません!』日経BPで、
元アウディのデザイナー 和田智(さとし)さんは言っています。

「ミニバンばかりになったら、日本はダメになる。」

実用は、ほんと大切。
でも、美意識がない製品は悲しい。

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関連記事 :
社長、そのデザインでは売れません!2015/01/24

社長、そのデザインでは売れません!


本屋に並んだばかりの妻の新刊を、事務的にご紹介(笑)。

『社長、そのデザインでは売れません!』
伊藤忠ファッションシステム 川島蓉子 著、日経BP社。

日経ビシネス「ネット」での(好評?)連載
「ダサい社長」が日本をつぶす!の書籍化です。

川島蓉子が、3人の経営者と3人のデザイナー・クリエイターに、
「デザインを生み出せる経営のあり方」について訊いた
インタビュー集。

登場するのは:
◎TSUTAYA:カルチュア・コンビニエンス・クラブの増田宗昭社長
◎三越伊勢丹ホールディングスの大西洋社長
◎伊藤忠商事の岡藤正広社長
◎広告から企業ブランディングまで手がけるクリエイターの佐藤可士和
◎アウディのデザインで知られる和田智
◎アメリカのMITメディアラボの副所長を務める石井裕

私も勉強になりました。(って、説得力のない宣伝文句!)

amazonでのご購入はこちらから
(よろしくお願いいたしますーーーーっ。)

★妻のこれまでの著作は、私のBlogで多少の紹介と、
「右サイドバー」に表紙を並べております。
http://www.omotesando-ad.jp/archives/cat_50045861.html

妻の仕事が日経広告賞・大賞!


いつも書いておりますように、
妻とは仲が悪いわけではございませんが(笑)

いーーーーさいの仕事を「お互い組まない」ようにしています。

妻「川島 蓉子」は新卒で入った伊藤忠商事の関連会社
「伊藤忠ファッションシステム」の(現在は)執行役員として、
世の中のトレンド分析等のマーケティング、
広告分野以外も含めたデザインのプロデュース、
ブランドや社長インタビュー、商品開発、講演、
多摩美術大学非常勤講師、Gマーク審査委員などを
やっている人なのですが、
私が、デザインや本の帯のコピーを書く、なーんてことはしない。

せめて、ぐちを聞いて、掃除洗濯をするくらい。
(妻の名誉の為に言っておきますと、料理うまいですっ!週末は洗濯します!)

その妻がプロデュースした(と言うとカッコイイですが、
クライアントと広告のプロの方々の橋渡しに奔走した)
伊藤忠商事の新聞広告(日経新聞朝刊の9回シリーズ)が、
日経広告賞の大賞に輝きました。パチパチパチ!

■伊藤忠商事は、私です。
新聞広告データアーカイブより

■伊藤忠商事Webサイトより(ボディコピーも読めます)
http://www.itochu.co.jp/ja/about/advertisement/back_number2.html

http://www.itochu.co.jp/ja/corporate_message/

企画・デザイン・コピー・イラスト…
賞をとるだけあって、すべてが秀逸なのですが、
「川島 蓉子がいたからできた」と私が思うのは、
広告制作業界のライバル同士である「サン・アド」と「ライトパブリシティ」の
混成チームであること。

CD・ADは、サントリー烏龍茶などの「葛西 薫・岡本 学」サン・アド。
コピーは、資生堂「一瞬も一生も美しく」などの「国井 美果」ライトパブリシティ。

さらに、雑誌ブルータスなどの山本康一郎、
HUGO BOSSなどのマーチャンダイザー伊藤総研 …

野球で言うと、セパを超えたドリームチーム。
めちゃくちゃすごいメンバーが集まっているのは、妻の人徳。

広告業界の末端で働く私としては「色紙にサインを!」って面々です。

そんなメンバーを「集め」「まとめ」「クライアントに通し」
見事に日経広告大賞をとった妻を、誇りに思います。

蓉子、よかったねーーー。

---------------------------

関連記事:妻の著作の紹介
http://www.omotesando-ad.jp/archives/cat_50045861.html
(このブログの右サイドバーにも表紙を並べています)

妻の「川島屋未来百貨店」開催中。


私のブログの「右サイドバー」で著作を紹介している川島蓉子
・伊藤忠ファッションシステム ifs未来研究所所長
・トレンド分析、マーケティング、執筆、講演、商品企画、ブランディング、
地域・産業活性化‥ (そして私の妻、娘と息子の母なんかをやっている人)
のイベントがあります。

ミツコシ デザインウイーク |10/23(水)-11/5(火)
『川島屋未来百貨店』銀座三越 8階 銀座スタイル シンプリーハート

***************************

銀座三越のWebより

三越伊勢丹の基幹3店(伊勢丹新宿店、日本橋三越本店、銀座三越)で、
三越伊勢丹デザインウィーク2013(ISETAN MITSUKOSHI
DESIGN WEEK 2013)」が23日よりスタート。

【川島蓉子】 使うたびに心地よさや嬉しさを感じさせてくれるモノたち。
そこには、毎日を豊かに彩りたいと願う、
デザイナーたちの想いがあふれています。そんなアイテムたちを、
空想のデパート「川島屋未来百貨店」として、ご紹介します。
花びんやコップモチーフのポケットで遊び心を取り入れた、
吸水性抜群のタオル。〈ウメアオイ〉ハンドタオル 各1,680円 etc.

■川島蓉子トークショー
■10月26日(土)・11月3日(日・祝) 各日午後3時〜
■8階 銀座スタイル シンプリーハート
自身がセレクトしたアイテムについて、使い手として、
そのアイテムの特長や作り手への思いを語ります。

***************************

妻の仕事にも、本の企画にも、帯のコピーにも、
いーーーーっさい 関わっていない私ですが、

すごい努力をして準備し、関係者の皆様のご尽力もあって実現した
仮設店舗(イベント)なので、よろしくお願いいたしますーーーーっ。

---------------------------

関連記事:(本の紹介)
「川島屋百貨店」へ、ようこそ。2008/03/30

「ダサい社長」が日本をつぶす!らしい。


きょうは、妻のネット掲載記事をご紹介します。

以下、日経ビジネスオンライン2013/09/06より:

***************************

【「ダサい社長」が日本をつぶす!】
僕がいっさい図面を見ないから、代官山 蔦屋書店ができた
カルチュア・コンビニエンス・クラブ代表取締役社長・増田宗昭さん(1)
http://nkbp.jp/15BdZTh
経営者がダサいと、日本企業はつぶれる。
では、どうすれば、デザインをマネジメントできるのか? 
どうすれば、ダサい経営から、デザインできる経営に転換できるのか? 
CCC代表の増田宗昭さんに川島蓉子氏が切り込みます。

*******************************

ちなみに、妻は「伊藤忠ファッションシステム」という会社で
トレンド分析やブランドプロデュースのかたわら、
講演会や各種メディアの記事・本の執筆をしております。

私とはまったく無関係(あ、仕事上ね!笑)。
書籍の紹介は、私のブログの右サイドバーにございます。

さぁ、私は「ダサい社長」でないか!?

妻の新刊は『エルメス』。


妻の新刊が発売になりました。

本日の朝日新聞朝刊にも、広告が出ています。

『エスプリ思考』 川島蓉子著 新潮社
エルメス本社副社長、齋藤峰明が語る
〜 なぜ「エルメス」は、世界最高峰ブランドとして躍進を続けられるのか? 〜
「商人であり、詩人であれ」 — 創業以来の独自の哲学を
自らの体験と共に解き明かす!

エスプリ思考: エルメス本社副社長、齋藤峰明が語る
エスプリ思考: エルメス本社副社長、齋藤峰明が語る [単行本]


はじめは出版を前提とする取材許可が出ず、
承諾を得てからも東京とパリで何度もお会いして書き上げた、
妻が数年かけた労作です。

その苦労にも、装丁にも、広告にも、まーーーったく
関わっていない私ですが(笑)
ちょっとだけお知らせさせてください。

村上春樹さんの新刊
『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』文藝春秋
など、本屋さんに寄られた際には、ついでにぜひご覧くださいね!

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関連記事:
このBlogでの「妻の本の紹介」

妻のチャーミングな365の品。


妻の新刊が本屋さん(&一部雑貨屋さんや美術館の特設イベント)に
並んでいます。

タイトル『チャーミングな日用品365日』
365日プロジェクトチーム/ハースト婦人画報社

◆出版元の「ハースト婦人画報社」のサイトより
◆amazon「チャーミングな日用品365日」より
クチコミを見る

経済産業省の「クール・ジャパン戦略推進事業」のひとつともなっている、
「日本の多様な日用品の魅力を国内外に広く伝えるために
生まれたプロジェクト」で、
「日本の知恵や技や美意識が生きていて、実際に役に立ち、
心地よさや楽しさ、喜びをもたらしてくれるチャーミングな品を、
日めくりカレンダーに添って365点セレクト。」
2012年1月にはパリで展示会も開催された活動の書籍版です。
(現在も各所で展示中。)

多くの第一線の方が関わるプロジェクトであり
(零細広告屋の私が“のけぞる”ような一流広告クリエイター、
マーチャンダイザー、商品スタイリスト、スペースデザイナーなど)
全体のまとめと書籍用文章こそ妻がやっておりますが、
まぁ「統括プロデューサー」と言うより「ばたばた走り回るステージママ」
のような存在らしいです。

よく妻は、「すっきりスキのない空間の自宅で、
おしゃれなものに囲まれて生活しているんでしょうね」
と言われるそうなのですが、いやはや、一緒に生活している者として
証言しますが…(苦笑)。

しかし!365品をセレクトし、365本の原稿を書き上げた妻には
心底「ご苦労さま」と言いたい私です。

書店で見かけましたら、ぜひお手にとってご覧ください。

伊勢丹を掘り下げた、妻の第二弾。


「ファッションという視点から、市場の動向(まち・みせ・ひと)を
分析している」川島蓉子さんの新刊が出ました。

何の因果か、私が一緒に暮らしている方です(笑)。

伊藤忠ファッションシステム勤務、Gマーク審査委員。
日経MJ、繊研新聞、読売新聞日曜版、月刊ブレーン(広告専門誌)
等に寄稿し、マーケティング分析や各種講演会、
地域の活性化にも貢献している…らしい人です。

その新刊『伊勢丹・ストーリー戦略』 PHP研究所 は、
2005年の著書『伊勢丹な人々』日本経済新聞社 に続く、
伊勢丹を取り上げた本です。

PHP社での紹介

◆amazonでの紹介↓

伊勢丹・ストーリー戦略
伊勢丹・ストーリー戦略
クチコミを見る


不況が続く中、商売のめまぐるしい“構造変化”に翻弄され、
「デパートの凋落」が決定的に言われる中で、
「なぜ伊勢丹は強いのか?」

百貨店業界にとっては「耳の痛い話」であろう記述も含め、
内容深く(でも読みやすく)書いている本です。

相変わらず、私は「企画にも、文章にも、装丁にも、帯のコピーにも」
いーーーーーーっさい関わっておりません。
週末の掃除と、平日5日の洗濯機&物干し、
そして妻の愚痴を聞くという協力はしておりますが!

よろしければ、本屋さん(ないしネット)で覗いてみてください。


※これまでの「妻の本」については、
このブログの「右サイドバー」(著書の一部を紹介)か、
過去記事のまとめ<妻の本の紹介>をご覧ください。

妻の新刊は『日本をはみ出る』。


掃除洗濯と愛情以外(笑)、私は
何も協力していない妻の新刊が本屋さんに並んでいます。

『日本をはみ出る〜海外で勝負する4人の日本人の仕事力』
川島 蓉子 (著) 六耀社

日本をはみ出る 海外で勝負する4人の日本人の仕事力
日本をはみ出る 海外で勝負する4人の日本人の仕事力
クチコミを見る

このブログの「右サイドバー/下の方」にあるように
妻は伊藤忠ファッションシステム(株)でトレンド分析や
企業のマーケティングプラン、ブランディングに関わりながら、
新聞や書籍の執筆、講演会などを行い、
出版はもう20冊くらいになります(サイドバーの掲載は一部)。

たまに誤解されるのですが、
私とはいっさい一緒に仕事をしていません。
書籍の内容・装丁・広告に私が関わることもなく、完全に別行動。

私が広告制作会社から独立して、自分の会社を作る時に
決めたことは:
◎マンションの一室でもスリッパで上がらない(くつ=土足にする)
◎オフィスにじゅうたんとソファーを置かない(泊まり体制にしない)
◎妻を経理にしない(専門のプロの経理総務を社員にする)

会社を作るなら、どんなに小さく地味でも
「オフィススペースと、会社としての形態を整える」という私の考え。
そして、もともとドライな夫婦(!?)

そんな妻の新刊の内容は(以下、Amazonの紹介文より):

*******************************

日本を飛び出し、海を越えてグローバルに活躍する4人の日本人を取材し、
世界で自らの道を切り開くために必要な「はみ出る力」の実像に迫る。
登場するのは:
●ファストファッションの雄として名をはせている「ユニクロ」のパリ進出を
成功に導いた真田秀信(ユニクロ フランスCOO)
●イギリスの最高裁判所の家具デザインを手がけた安積朋子
●パリの老舗カフェ・ド・フロールで日本人初のギャルソンを務める山下哲也
●世界のトップファッション誌の仕事をするメイクアップアーティストの吉川康雄
の4人。パリ、ロンドン、NYといった世界の中枢で
厳しい競争を勝ち抜いてきた彼らが考える本当の「仕事力」や「競争力」とは
一体どんなものか。
これまで数々の画期的なブランディングプロジェクトや、いくつもの著書で
消費者視点での企業分析を行ってきた川島蓉子が浮き彫りにする。

*******************************

そうですか、浮き彫りにしましたかー。お疲れさん!(と、ねぎらう。笑)

よろしかったら、皆様も手にとってみてください。

きょうは、11月22日。「いい夫婦の日」だとか。

妻の新刊『モノ・コトづくりのデザイン』。


まったく私は関係していない
川島蓉子の新刊のご紹介です。

このブログでのカテゴリー「妻の本の紹介」

ほんと、夫婦で一緒の仕事はいっさいしておりません。
陰ながらの応援と夜の洗濯はしておりますが(笑)。
あ、土日は妻が当番です!

今夜もベランダ。2007/05/15

『モノ・コトづくりのデザイン』日本経済新聞出版社 は、
企業とデザイナーとの関係から、約5年前の
『ブランドのデザイン』弘文堂 の続編とも言える。

『ブランドのデザイン』は、いまもデザイン系の本屋さんでは
置いてある店が多い、静かなロングセラーです。
ブランドのデザイン。2006/08/07

さて、今回の取材先は:

KDDI × 佐野健二郎
エステー × 佐藤ナオキ
パスザバトン × 植原亮輔+渡邉良重
DEAN&DELUCA
アスクル × ニーナ・ヨブスほか
西武池袋本店 × 廣村正彰

広告業の私と、仕事はもろ「かぶる」方々ですが、
まるでレベルが違うのでミーハー気分。
妻から話を聞いて「へぇー、佐野さんはそんな風に言ったんだぁ」
なんてね。

詳しいご紹介は、下記から。

モノ・コトづくりのデザイン
モノ・コトづくりのデザイン
クチコミを見る

蒼々たる企業とクリエイターの方々とつながっていく妻を
誇りに思います。


---------------------------

・私の会社の概要はこちらから:株式会社リプル(広告制作会社)

妻の『川島プロジェクト』。


私も日々、いろいろなプロジェクトに関わっていますが、
これは別の会社に勤める妻「川島蓉子」の仕事を紹介した本
『川島プロジェクト』。(文藝春秋)


川島プロジェクト
川島プロジェクト
クチコミを見る

所属する伊藤忠ファッションシステムでの
独自の消費者調査方式「おしかけデプス調査」や、
パナソニック「レッツノート」の天板カラー開発、
何人ものデザイナーとコラボしたホンダ「ライフ」の
カラーリング、池袋西部のギフト売り場プロデュース、
オムロンヘルスケアの女性向け商品開発…
妻が関わったプロジェクト5つが取り上げられています。

当然、私は各プロジェクトにも本の制作にも
まったく関与していませんが、
ひとつひとつの途中経過や苦労はちらちら聞いていますので
(たまに、「話をろくに聞いていない」と怒られます!)
こうして一冊になると感慨深いものがあります。

妻は、自分では「クリエイターではない」と言っていますが
センスはかなりいい方だと思います。(← よいしょ!)
そして、人と人、仕事と仕事を結びつける力量と、
独特の身のこなしは大したもので(←よいしょ、その2)
川島蓉子ならではポジションを作ったように思います。

本屋さんで、どうぞご覧ください。

ここに掲載したamazonの書籍カバーは、
「帯」のないものですが、店頭での「表紙3分の2を占める」
帯には、妻の顔写真もございます。

以上、販売促進もかねて(笑)お知らせいたしました。


・私の会社へはこちらから:株式会社リプル(広告制作会社)

自分なりの仕事スタイル(妻の新刊)。


妻の新刊が並び始めましたので、ご紹介します。

『ライフスタイル仕事術』
〜 限界を ちょっと広げた 私の方法 〜
PHP研究所 ¥1,200

「ココロがおどる、シゴトのしかた。」
「自分スタイルをつくった人が、上手く行く!」
「こうして仕事は、どんどん面白くなる。」

ライフスタイル仕事術
ライフスタイル仕事術
クチコミを見る

いつもの、マーケティング(消費行動)や、
企業へのインタビュー、デザイン関連の内容ではなく、
今回は「自分の働き方」を述べた本です。

「伊藤忠ファッションシステムの
マーケティングプランナー、物書き、そして母。
どんな毎日を過ごしてきたんだろう?」(引用は本の帯より)

「川島蓉子の夫はどうしてきたんだろう?」という項目は
ありません(笑)。

軽く読めて、特に仕事で悩んでいる女性には
お奨めです。(よいしょ!)
装丁は、佐野研二郎さん。こういう人脈も妻の素晴らしい
所です。(よいしょ!)

本屋にて、お手にとってご覧ください。

『ブランドはNIPPON』妻の新刊。


いつもと同じく、論評は控えますが。

妻の新刊が出ました。

『ブランドはNIPPON』 川島蓉子 文藝春秋

「日本のものづくり」に取り組む5人のクリエイター&
プロデューサーを、注目の著者が徹底インタビュー」
(帯の宣伝文句より)

地道に取材した本です。
手に持つと、どっしり重い本です。

●mina perhonen(ミナペルホネン)皆川 明
●NUNO(株式会社 布)須藤玲子
●SIMPLICITY(和菓子HIGASHIYA 等)緒方 慎一郎
●Sfera(スフェラ)真城 成男
●Minobe Artifact(美濃部巧藝)美濃部 順一郎

ブランドはNIPPON
ブランドはNIPPON
クチコミを見る

装丁・レイアウトは、葛西 薫さんと、角 一彦さん。
シンプルなのに、店頭で目立つ素晴らしいデザインです。

「強い志が込められ、丁寧に作られたものには、
人が手にとってみたい、使ってみたいと感ずる
“心を動かす魂のようなもの”が宿っている。」(前書きより)

登場するひとりひとりの方の志と、
こうして文章に定着させた妻の志を、よろしかったら
感じてみてください。

-------------

【べんきょうENGLISH】 ※本文とは関係ない場合があります

will : 意志、望み、願い。
wish : 願望、希望。
resolution : 決心、強固な意志、不屈。

妻の新刊『社長とランチ』。


大手の本屋さんには並びはじめたようです。
妻(川島蓉子)の新刊が出ました。

『社長とランチ』 〜 なぜ この会社は
人の心を惹きつけるのか 〜(ポプラ社)

社長とランチ―なぜこの会社は人の心を惹きつけるのか

@cosme
DEAN&DELUCA
青山フラワーマーケット
キュリオシティ
銀座あけぼの
アッシュ・ペー・フランス
POLA
トーヨーキッチン

以上の代表・社長さんへの訪問記です。
本の帯の文句「8人の社長にきく、時代をとらえる
企業の新スタイル。」

装丁を担当してくださった HAKUHODO DESIGN の
永井一史さんとの対談も収録されています。

さらに、身近な社長、私との対談も(←大うそ!!)

私(零細広告制作会社の代表)は、
いつも強調するように(笑)、妻の仕事や執筆に
いーーーーーっさい関わっておりません。
企画・編集・文章・デザイン・帯の文句・広告…いっさい。
職場も別々。

でも、心より応援しておりますよー。
週末の掃除と平日の洗濯・物干しは私がやるし!
(フルに働きながら、料理や子供たちのお弁当を
作ってくれる妻にも頭が下がります。)

えー、いつもながら、よくわからない紹介ですが、
本屋で見かけたら、めくってみてくださいね。
(そして、レジへ!)

-------------

【べんきょうENGLISH】 ※本文とは関係ない場合があります

Few words are best .

言葉は少ないほどよい。

新刊『イッセイ ミヤケのルール』。


妻の新たな書き下ろしが、店頭に並びはじめました。

川島蓉子 『イッセイ ミヤケのルール』
日本経済新聞出版社

イッセイミヤケのルール
イッセイミヤケのルール
クチコミを見る

服を語りつつ、服屋の商売を語っています。

「デザインとビジネスの拮抗と均衡について」
(本書「はじめに」より)

いまなら、一部の大型店では平積みされておりますので、
お早めにお手にとり、ご覧ください。

内容にも、装丁にも、帯のコピーにも、広告にも、
いっさい関わらず、執筆の苦労だけは見知っている夫より。

---------------

【べんきょうENGLISH】 ※本文とは関係ない場合があります

To preserve friendship one must build walls .

友情を維持するためには、
二人の間に壁を設けることが必要である。

デパ地下で時代を読む。


川島蓉子さんの新刊が出ました。

初の新書だそうです。(← 他人行儀!笑)

なぜデパ地下には人が集まるのか (PHP新書 556)
『なぜデパ地下には人が集まるのか』PHP新書。

いつものことながら、私の関与度「ゼロ」!
すべて筆者本人と編集者の方々の尽力、
取材先の方々のご厚意のおかげです。

当然、装丁にも帯の文句にも、いっさい関わらず、
完成本をながめる私。

しているのは、影のサポートのみ。← うそ!

夜、妻も家族も寝静まったテーブルに、
こった箱のお菓子がある。
ぱくぱくっと食べる私。

あとから「某デパ地下の、一個うん百円もする、
すぐ品切れになる菓子」だと聞かされる。
ひえーーーっ、もっと味わって食べればよかった。
え、どこのブランドだって? ピエールなんとか!?
チョコレートじゃなくてもピエールって言うのか?

そんなもんです。

でも、本の内容は良いです。
「デパ地下」を中心に据えたことで、百貨店という業態や、
時代の変遷など“まわり”もうまく浮き彫りになっています。
ビジネス・マーケティング本ですが、
一般の方も(企業取材ものに比べて)軽く読めると思います。

(おっといけない、関わらないはずが論評もどきを…汗)

いまは、
『虎屋ブランド物語』東洋経済

も書店に並んでおりますので、よろしかったら
合わせてよろしくお願いいたします。(ペコリ)

---------------

【べんきょうENGLISH】 ※本文とは関係ない場合があります

A word once out flies everywhere .

一度出た言葉は、どこへでも飛んで行く。

新刊『虎屋ブランド物語』。

妻の新刊が、店頭に並び始めました。

『虎屋ブランド物語(ストーリー)』
川島蓉子著/東洋経済新報社。

虎屋ブランド物語
虎屋ブランド物語
クチコミを見る

例によって、私は企画にも執筆にもデザインにも
帯や広告にも、いっさい関わっておりませんので
(妻とは、仕事も会社も別。よく
「一緒に会社をやっている」と誤解されるのですが…)
この本も「取材で疲れたー」とか、
「アートディレクターの葛西薫さんはいいこと言うナー」
とかは ちらと聞ききますが、
基本的にはたまに肩をもむくらいです。(うそ!)

内容は、店頭の「ビジネス書コーナー」あたりに
並んでいるうちに(急げーーッ)
ご覧いただければ幸いです。

通常、虎屋の販促物のADは葛西さんですが、
この本の装丁は、同じく著名なアートディレクター
「服部一成さん」がやっていらっしゃいます。

眺め、手にとるだけでも素晴らしい本です。
中身もきっと…!?

よろしくお願いいたします。

---------------

【べんきょうENGLISH】 ※本文とは関係ない場合があります

Let’s see …

えーっとですねー。(≒ Let’s me see .)
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Profile
◎川島 孝之(Kawashima Takayuki): 株式会社リプル(RIPPLE Inc. Tokyo Creative Agency)代表取締役・クリエイティブディレクター・コピーライター。

◎1957年3月生まれ。早稲田大学商学部(マーケティングゼミ)を5年で卒業後、1980年第一企画(現ADK)入社。6年の勤務ののち、制作会社11年を経て、1997年(株)リプルを表参道に設立。

◎2016年1月、表参道のオフィスから、西武新宿線 上石神井(練馬区)のホーム・オフィスに変更。さらに2023年12月、中央線・丸ノ内線 荻窪(杉並区)に移転。
ブログのタイトル「表参道の小さな広告屋から」を、リプル川島の「小さな広告屋から」に変更。

◎CD(クリエイティブディレクター)C(コピーライター)として、企業の魅力を整理整頓し、ブレーンのグラフィック&Webデザイナーと共に表現化しています。

RIPPLE(リプル)とは英語で「さざ波、波紋、波及」のこと。スローガンは「中心から広がる」、ミッションは「愛が伝わる」。

【実績の一部】 カルビーじゃがりこ(パッケージ)、ビデオリサーチ(ロゴ・Webサイト・インナーツール)、日立化成(カタログ・インナーツール)、介護のらいふ(ブランドブック)、武蔵高等学校中学校(学校案内)、アルカダイアモンド(広告・販促物)オークラヤ住宅(広告・販促物)、翻訳専門校フェロー・アカデミー(学校案内)、アドビ(会社案内)等
/その他 中小・個人企業さんとの直接のお取引。

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2012-10-25

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イッセイミヤケのルールイッセイミヤケのルール
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販売元:日本経済新聞出版社
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