本日は、いつも以上に自分ごとの「つぶやき」で。
不遜と言えるタイトルと内容でございます。
「感謝の寄せ書きなんて飾らん」。
これ、まーったくの、例え話なのですが…。
自分が(私が)何かの飲食店を経営していたとします。
それが、和食でもイタリアンでも、
喫茶店でも何でもいいのですけれど
(何せ、まったくの例え話ですから!)
そこそこなじみの客もつき、ランチタイムには
たまに行列もできるほどで、10周年を迎えたとする。
そこで、特に親しいお客様が
(親子連れも多いので、大人も子供も)
感謝の手書きと写真を貼り付けた
ポスターのように大きな寄せ書きをプレゼントしてくれた、
とします。
それを、自分はお店に飾るか?
たぶん、飾らないだろうなー。
その、ポスターのような「手作りの寄せ書き」が、
お店の雰囲気に合わないと思ったら、
壁にセロテープで貼ったり、ピンで留めたり、
パネルにまでして飾ったりはしないでしょう。
では、そこまでしなくても大切にとっておくか?
昔なら(って曖昧な言い方ですが)
確実に押し入れの奥にとっておいたでしょう。
しかし、69歳の今なら、
見終わった時点で、(即では流石に早すぎるとしても)
どこかの段階では捨てているでしょう。
なぜかなー?
と、自分でこうして書きながら考えてみるわけです。
せっかくの馴染み客からいただいた、
ありがたいプレゼントなわけですよ。
「心がこもっている」… うんその通り。
「思い出の印・記念として残る」… うんうん。
お店に飾れば、書いてくれた方々はもちろん、
新たなお客様にも温かい雰囲気として
アピールするかもしれない。
私とお客様が一緒に写った、笑顔の写真もある。
でも、たぶん私は飾らない。
いっときの気持ちのやり取りで、「もう十分」と思うのです。
人生、たくさんの人に会ってきた。いまも会っている。
人とのつながりの貯金は、山ほどある。
もちろん、離れていった人や、私の不義理の責任もある。
でも、その一つひとつに、
過剰な反応はしなくて良いし、
「いったん、ありがとう」と思えば、
それを引きずることはないのではないかと。
溜まった友情は大切にしても、
利率の計算は不要! って感じですかね。
私はいま、自宅事務所のフリーランス広告屋として、
毎日近所のカフェへ行き、
夜は一人で酔っ払っている爺さんですが、
「馴染み客」とか「仲良し」に、すごい拒否感がある。
そりゃ、仲良くしたいですよ。
仲の良い人も、個人でも団体でも、男でも女性でも、
お付き合いしている人は結構います。
でも「お店の常連風」は大嫌いで。
仲間内の「公園バザー」みたいな感覚ね。
そして、お店の雰囲気は(キザですが美的感覚は)
大切にキープしたいし、限られた人の
「街の集会場」にはしたくないという思い。
そういえば、著名人がサインした「来店記念の色紙」が
ずらりと並んでいる飲食店も、昔から苦手でした。
「この人も来ました」
「この人ともつながっています」
「うちにはこんな常連がいます」
という、関係性を壁に掲示することへの違和感。
親しくても、離れていたい。
「結局、自分は一人」(にしておいてほしい)
みたいな感覚(感性)が、私はすごく強い気がします。
変な(例えとはいえごめんなさい)ポスターを飾るより、
日々の自分のお店を整備して、
馴染み客にも、新規のお客様にも、
その日その日で、ちゃんと対応していけばいい。
「好意の長期保存」や「掲示」はいらないと思う。
「えらく冷たい考え方」と感じた方も、
いらっしゃるかもしれませんね。
まだ自分なりにモヤモヤもありますけど、
「例えば寄せ書き」のご厚意に対する、
自分の思いを話してみました。
小難しい人間ですみません!
不遜と言えるタイトルと内容でございます。
「感謝の寄せ書きなんて飾らん」。
これ、まーったくの、例え話なのですが…。
自分が(私が)何かの飲食店を経営していたとします。
それが、和食でもイタリアンでも、
喫茶店でも何でもいいのですけれど
(何せ、まったくの例え話ですから!)
そこそこなじみの客もつき、ランチタイムには
たまに行列もできるほどで、10周年を迎えたとする。
そこで、特に親しいお客様が
(親子連れも多いので、大人も子供も)
感謝の手書きと写真を貼り付けた
ポスターのように大きな寄せ書きをプレゼントしてくれた、
とします。
それを、自分はお店に飾るか?
たぶん、飾らないだろうなー。
その、ポスターのような「手作りの寄せ書き」が、
お店の雰囲気に合わないと思ったら、
壁にセロテープで貼ったり、ピンで留めたり、
パネルにまでして飾ったりはしないでしょう。
では、そこまでしなくても大切にとっておくか?
昔なら(って曖昧な言い方ですが)
確実に押し入れの奥にとっておいたでしょう。
しかし、69歳の今なら、
見終わった時点で、(即では流石に早すぎるとしても)
どこかの段階では捨てているでしょう。
なぜかなー?
と、自分でこうして書きながら考えてみるわけです。
せっかくの馴染み客からいただいた、
ありがたいプレゼントなわけですよ。
「心がこもっている」… うんその通り。
「思い出の印・記念として残る」… うんうん。
お店に飾れば、書いてくれた方々はもちろん、
新たなお客様にも温かい雰囲気として
アピールするかもしれない。
私とお客様が一緒に写った、笑顔の写真もある。
でも、たぶん私は飾らない。
いっときの気持ちのやり取りで、「もう十分」と思うのです。
人生、たくさんの人に会ってきた。いまも会っている。
人とのつながりの貯金は、山ほどある。
もちろん、離れていった人や、私の不義理の責任もある。
でも、その一つひとつに、
過剰な反応はしなくて良いし、
「いったん、ありがとう」と思えば、
それを引きずることはないのではないかと。
溜まった友情は大切にしても、
利率の計算は不要! って感じですかね。
私はいま、自宅事務所のフリーランス広告屋として、
毎日近所のカフェへ行き、
夜は一人で酔っ払っている爺さんですが、
「馴染み客」とか「仲良し」に、すごい拒否感がある。
そりゃ、仲良くしたいですよ。
仲の良い人も、個人でも団体でも、男でも女性でも、
お付き合いしている人は結構います。
でも「お店の常連風」は大嫌いで。
仲間内の「公園バザー」みたいな感覚ね。
そして、お店の雰囲気は(キザですが美的感覚は)
大切にキープしたいし、限られた人の
「街の集会場」にはしたくないという思い。
そういえば、著名人がサインした「来店記念の色紙」が
ずらりと並んでいる飲食店も、昔から苦手でした。
「この人も来ました」
「この人ともつながっています」
「うちにはこんな常連がいます」
という、関係性を壁に掲示することへの違和感。
親しくても、離れていたい。
「結局、自分は一人」(にしておいてほしい)
みたいな感覚(感性)が、私はすごく強い気がします。
変な(例えとはいえごめんなさい)ポスターを飾るより、
日々の自分のお店を整備して、
馴染み客にも、新規のお客様にも、
その日その日で、ちゃんと対応していけばいい。
「好意の長期保存」や「掲示」はいらないと思う。
「えらく冷たい考え方」と感じた方も、
いらっしゃるかもしれませんね。
まだ自分なりにモヤモヤもありますけど、
「例えば寄せ書き」のご厚意に対する、
自分の思いを話してみました。
小難しい人間ですみません!






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