前回から1週間空けての投稿となります。
ちょいと事務関連で混乱しておりまして…。
1_妻よりも9か月前に亡くなった、妻のお母さんの相続
2_お母さんが完了しないままの、妻自体の相続
3_私の会社=株式会社リプルの今期決算
4_妻の会社=株式会社flowersの今期決算
5_flowersへのリプル統合と各種整備
会計事務所さん・司法書士さんの力強いサポートを受けつつ、
メールアドレスも変更したので各所への連絡や、
Facebook・Blog・音声配信スタエフの投稿など、
アプリの細かな再登録・再設定でもワチャワチャです(汗)。
そんな中、突然思いついたタイトルは
「理不尽な人とは離れるしかない」。
ネガティブな響きがすると思いますが、
最近(仕事やプライベートで)嫌なことがあったわけではなくて。
「人間関係の理不尽も人生だよなー、仕方ない」てな話を、
過去を思い出しながら、してみようと思います。
妻のこともあって、
人生全般を見つめ直している私としては?(苦笑)。
会社同士の取引でも、会社内の人間関係でも、
もちろんご近所や家族関係でさえ、
「揉める原因は向こう」と思いこむのは
「理不尽」のわかりやすい例です。
しかし後から考えてみると
(それも何年も経ってからの気づきさえある!)
「俺も悪いところがあった、うん。」
少なくとも(って言い方はこれまた自分本位ですけれど!)
賢いまとめ方=進め方と収拾の仕方はあったのでしょう。
私の仕事は、企業さんのブランディングに関わりつつ、
広告と販売促進物の企画制作ですが、
クライアントに罵倒されたことが、ほんの少しだけあります。
先方から「この責任をどうするんですか川島さん」とか、
「制作費の8割は支払えません」とか。
あ、思い出しちゃってつい… トラウマ。
ちなみに、広告コンセプトや表現の打ち合わせとは
かなりニュアンスが違って、
「先日の方向性:ミカンかオレンジかの続きですが」と
話している最中に、「バナナという意見も社内にありまして」
なんて返されるのは日常茶飯事。それは慣れっこです(苦笑)。
それでも、宣伝部長の「あまりに理不尽な」発言に、
私が怒って会議室から出ちゃったこともありますけどね。
若い時ですけれど。
今回のテーマは、もっと広く、
仕事やプライベートの「人間関係」に絞ります。
「川島さんの仕事は腐ったバナナ」と批判されたところで…
冷静に、俯瞰して考えると、
「なんでバナナが思い浮かんだんだろう」とか、
「その視点に立った場合、自分=川島は果たして」と
考える心の余裕は大切です。
しかしね、「平行線」という言葉があるように、
合わない人とは合わないのも事実。身もふたもないですが!
私の側からは理不尽と思わないことも、
相手からしたらたまらなく理不尽なのでしょう。
ロシアの大義によるウクライナ侵攻は、
(私は99%ロシアが悪者だと思っていますけれど)
ロシアはもちろん、ウクライナにも、そして
支援と「ちょっかい」で迷走する「トランプアメリカ」にも
言い分はある。
人間は100%分かり合えるわけではないし、
自分自身のことだってわからない。
さらにいろいろ見聞きしているようでいて、
甘い言葉や都合のいい情報しか耳や目に入らないし
(いっけん広範囲なIT・AI社会の落とし穴!)。
誠意を尽くして、なるべく客観的に考え、
それでもダメなら「無理して付き合う必要はない」
と思うのです。
さらに最近、興味深いと思うのは、
一種わかりやすい「理不尽バトル」以外に、
成長が急激に伸びているイケイケの会社や
(イケイケなんて 今時言いませんかね?)
精神論が強い勉強会、SNSを介したグループや
「コミュニティ」と言われる集まりにありがちな、
「仲間ごっこ」が宗教的に高まってくる理不尽。
集団で「褒め合い」「共感し」「背中を押してくれる」状態が
「表の仲間ごっこ」とすれば、反対に罵倒が行き交いながら
「愛のムチ、ありがとうございます!」
てな状況は「裏の仲間ごっこ」。
良い意味の批評性や、各人の独自性・距離感がなくなって、
なんでも「素敵!」「勉強になります!」のヨイショや、
「もっともっと!」が多発すると危ないと思っています。
「理不尽な人や集団とは離れるしかない。」
それが即できなければ、なるべく距離や間合いをとってみる。
自分自身だって冷静でなく、
誤解している部分も多々あるでしょうけれど、
「理不尽な人や集団とは離れるしかない。」
今日は、急にそんなことを思ったので、書いてみました。
ちょいと事務関連で混乱しておりまして…。
1_妻よりも9か月前に亡くなった、妻のお母さんの相続
2_お母さんが完了しないままの、妻自体の相続
3_私の会社=株式会社リプルの今期決算
4_妻の会社=株式会社flowersの今期決算
5_flowersへのリプル統合と各種整備
会計事務所さん・司法書士さんの力強いサポートを受けつつ、
メールアドレスも変更したので各所への連絡や、
Facebook・Blog・音声配信スタエフの投稿など、
アプリの細かな再登録・再設定でもワチャワチャです(汗)。
そんな中、突然思いついたタイトルは
「理不尽な人とは離れるしかない」。
ネガティブな響きがすると思いますが、
最近(仕事やプライベートで)嫌なことがあったわけではなくて。
「人間関係の理不尽も人生だよなー、仕方ない」てな話を、
過去を思い出しながら、してみようと思います。
妻のこともあって、
人生全般を見つめ直している私としては?(苦笑)。
会社同士の取引でも、会社内の人間関係でも、
もちろんご近所や家族関係でさえ、
「揉める原因は向こう」と思いこむのは
「理不尽」のわかりやすい例です。
しかし後から考えてみると
(それも何年も経ってからの気づきさえある!)
「俺も悪いところがあった、うん。」
少なくとも(って言い方はこれまた自分本位ですけれど!)
賢いまとめ方=進め方と収拾の仕方はあったのでしょう。
私の仕事は、企業さんのブランディングに関わりつつ、
広告と販売促進物の企画制作ですが、
クライアントに罵倒されたことが、ほんの少しだけあります。
先方から「この責任をどうするんですか川島さん」とか、
「制作費の8割は支払えません」とか。
あ、思い出しちゃってつい… トラウマ。
ちなみに、広告コンセプトや表現の打ち合わせとは
かなりニュアンスが違って、
「先日の方向性:ミカンかオレンジかの続きですが」と
話している最中に、「バナナという意見も社内にありまして」
なんて返されるのは日常茶飯事。それは慣れっこです(苦笑)。
それでも、宣伝部長の「あまりに理不尽な」発言に、
私が怒って会議室から出ちゃったこともありますけどね。
若い時ですけれど。
今回のテーマは、もっと広く、
仕事やプライベートの「人間関係」に絞ります。
「川島さんの仕事は腐ったバナナ」と批判されたところで…
冷静に、俯瞰して考えると、
「なんでバナナが思い浮かんだんだろう」とか、
「その視点に立った場合、自分=川島は果たして」と
考える心の余裕は大切です。
しかしね、「平行線」という言葉があるように、
合わない人とは合わないのも事実。身もふたもないですが!
私の側からは理不尽と思わないことも、
相手からしたらたまらなく理不尽なのでしょう。
ロシアの大義によるウクライナ侵攻は、
(私は99%ロシアが悪者だと思っていますけれど)
ロシアはもちろん、ウクライナにも、そして
支援と「ちょっかい」で迷走する「トランプアメリカ」にも
言い分はある。
人間は100%分かり合えるわけではないし、
自分自身のことだってわからない。
さらにいろいろ見聞きしているようでいて、
甘い言葉や都合のいい情報しか耳や目に入らないし
(いっけん広範囲なIT・AI社会の落とし穴!)。
誠意を尽くして、なるべく客観的に考え、
それでもダメなら「無理して付き合う必要はない」
と思うのです。
さらに最近、興味深いと思うのは、
一種わかりやすい「理不尽バトル」以外に、
成長が急激に伸びているイケイケの会社や
(イケイケなんて 今時言いませんかね?)
精神論が強い勉強会、SNSを介したグループや
「コミュニティ」と言われる集まりにありがちな、
「仲間ごっこ」が宗教的に高まってくる理不尽。
集団で「褒め合い」「共感し」「背中を押してくれる」状態が
「表の仲間ごっこ」とすれば、反対に罵倒が行き交いながら
「愛のムチ、ありがとうございます!」
てな状況は「裏の仲間ごっこ」。
良い意味の批評性や、各人の独自性・距離感がなくなって、
なんでも「素敵!」「勉強になります!」のヨイショや、
「もっともっと!」が多発すると危ないと思っています。
「理不尽な人や集団とは離れるしかない。」
それが即できなければ、なるべく距離や間合いをとってみる。
自分自身だって冷静でなく、
誤解している部分も多々あるでしょうけれど、
「理不尽な人や集団とは離れるしかない。」
今日は、急にそんなことを思ったので、書いてみました。