小さな広告屋から@川島CD

旧名【表参道の小さな広告屋から】: 表参道で1997年にスタートした(株)リプル:RIPPLE Inc. Tokyo Creative AgencyのBlogは、 2016年初頭から川島のホーム・オフィス「練馬区上石神井」→ さらに2023年末からは「杉並区荻窪」へ。2025年春、タイトルも【小さな広告屋から@川島CD】に変更。Facebookも同時掲載です。

楽器の好みの変遷:誕生祝い返礼。

数日前の3月3日で、【69歳】になりました。
いやはや69歳だぜ!(とほほ)。

そして、「ひな祭り男子」です。(ひな祭り爺さん!)

昔は「男の子の日」とされた5月5日よりは、
女の子の「桃の節句」の方が、
自分には似合うような気はしますけどね(笑)。

1957年(昭和32年)3月生まれの「酉年」なので、
クラスで言えば1956年(昭和31年)4月からの学年です。

団塊の世代の10歳ほど年下。
出生人口もかなり落ちてきた頃で、世代分類では
あまり目立たない世代かもしれません。

そんな世代論について書いても良いのですが、
今日は軽めに、そしてFacebookに沢山いただいた
「お祝いメッセージ」へのお返事も兼ねて
「年齢による楽器の好みの変遷」の話をしますね。

ちなみに、ドライで皮肉屋の私は、
いちいち(失礼!) 一人ひとりのお言葉に
コメント返しはしておりません。お許しください!
(流石に反省して、今年からは拝見した印に
「いいね」ボタンだけは押すようにしておりますが…)。

さて、「歳をとる」ということについて。

前回の投稿では【家族の青春時代とは】と題し、
「自分の成長と家族の変化」を書きました(※)。

そんな成長による変化は、
「音楽の楽器パート別の興味」にもあると気づいて。

私の場合、ポップス・ロック系では
ボーカル→ギター→キーボード→ドラムス→ベース。

もちろん、これは各人の好みの違いや、
習っていた楽器の影響なども大きいと思います。

私は、親からピアノを勧められることもなく、
家にあったウクレレで「禁じられた遊び」のイントロを
少し弾いてみただけで飽き、
(ハーモニカと縦笛だけは少し出来たのを思い出した!)

大学生の時のギターは、Fコードを押さえられず諦め、

サディスティック・ミカ・バンドやYMOで有名な
高橋幸宏さんに憧れてヤマハのドラム教室に行ったものの、
両手両足の「バラバラの動き」が
からっきしダメと気づいて、一日(一回のレッスン)で退散。
ほんと、(何につけても)根性無しの遍歴ですよね。

歌詞、メロディ、リズム、ボーカルなどの話とも
重なるのですが、私の場合(そして多くの方も?)

小さい頃は、歌手の「見た目」と「声質」に惹かれる。
次に、アコースティックギターや、
ロックギターを弾きたい気持ちになる。

子供の頃に興味のなかったピアノやオルガンも、
「キーボード」という電子楽器になってカッコよく見える。
歌謡曲〜フォーク〜ロックの変遷とも重なります。

そして、音楽の要はリズムだと分かり、
ドラムスに興味を惹かれるようになり…

さらに、それまで目と耳があまり向かなかった
(テレビや一般的なスピーカーでは聞き取りにくい)
ベースラインが自分の中心に入ってくる。 ←いまここ!

理屈っぽく、人生に例えるなら、

・ボーカルの上手い主役でいたい(小学校の優等生)→
・リードギタリストがカッコいいぜ (中高の突っ張り)→
・キーボードは華麗だ (大学生の大人ぶり)→
・ドラムスが支えている(社会人の采配)→
・人生はベースラインで成り立っている(大人の達観)。

まるで「つたない」演奏しか出来なかったものの、
下手なりに人生を奏でてきた69年。

聴かされるほうとしては、
すぐにオフにしたくなることも多々あったでしょうに、
お付き合いくださりありがとうございます。

自分の役割や喜びが、
華麗なフロントアクトでなかったとしても、
「人生はベースライン」。

さらなる節目の「70歳」目指し(!?)
貴重な60代を鼻歌気分で生きていきます。

******************

※関連する過去記事:
【家族の青春時代とは】2026/02/22
https://www.omotesando-ad.jp/archives/55174000.html



家族の青春時代とは。

「結婚」や「新たに家族を持つ」というのは、
なんとも不思議なことだなーと思います。

なんの因果か(笑)
「ある両親」の元に生まれ(私の場合は川島家)、
成長し、その後は独身の方もいれば、

運命だかご縁だか成行だか(!?)
結婚してさらに子孫を残す人もいる。

私はここまで68年(もうすぐ69年)
生きてきたわけですが、
人生の流れの中で「家族の形態」を眺めてみると、

ふと「家族の青春時代」という言葉が浮かびました。

例えば、私(私たち夫婦)に子供ができ、
子供達が成長する喜びは、反対の視点で言えば
私達夫婦と両親が(私の側も妻の側も)
年齢を重ねていくということでもあります。

もろに言えば、
子供が成長するほど、自分と親は年老いて行く。

その中での【家族の青春時代] とは、
各世代が、わりとバランスよく
それぞれの時間を謳歌できる時期で、

おおむね、親が60代・子供が30〜40代・
孫が10歳前後の頃。

両親は、おじいちゃん・おばあちゃんの割には若い、
自分たちの世代は働き盛り、
子供達は、まだ「可愛い」子供らしさを残している。

まさに各世代が、「家族というワンセットで、
いちばんまとまりがあり、輝いている」時期。

「二世帯住宅」や「三世帯同居」なるものは、
まさにその「絵に描いたような住まい」なのだと思います。

我が家の場合は、ヘーベルハウスの3階建てで、
1階が両親、2・3階が私たち親子(私・妻・娘・息子)
という「まんま広告か」みたいな構成でした。

しかし時は経ち、
(妻の両親を含めて)親が亡くなり、
子供達は徐々に独立し。

そんな中、人生終盤となる
「次のステップ」を考えての「夫婦二人暮らし」は、
女房の不慮の事故であっさり変化して。

妻が約1年前、
マンションへの引っ越しからちょうど1年後に、
63歳で亡くなったことは何度かお話しした通りです。

それでも今度は、子供達に
(私からすれば)「孫」ができるかもしれない。

人生は巡り合わせ。
人生は変化の連続。

自由な一人暮らし(独身時代ね!)は楽しい。
夫婦二人の時間も楽しい。
子供ができたら、それは可愛い。
さらに孫なら!?

でも問題(?)は、
「離婚して一つ前に戻る」みたいな「人生すごろく」は
なかなか難しいこと。

各時代・各世代における自分の立場と家族との関係。
そんなことも「人生の葛藤と面白さ」です。

※あ、やたら「悲観的論調」に感じるかもしれませんが、
私はいま、「実質独身」に戻り、
マイペースでヘラヘラ、楽しく生きております。
(友達もいるし、お仕事もまだあるし!)

「家族の青春時代」を次の世代に引き継ぎつつ、
もう少し生きていこうと思います。

侵略国家に備える防犯的国防。

これまで、選挙投票には行ってきたものの、
基本的にはノンポリ(政治無関心)な私でした。

ところが、ここ数か月の投稿で、

・自民党の総裁選挙
・中道改革連合の新党名や広告的戦略への疑問
・衆議院議員選挙への感想
などを取り上げました。

確かに、いま政治は面白い。
(68の爺さんなのに、急に関心が高まった18歳か!?)

その私の雰囲気から、
「川島は中庸か、やや右寄りなくらいじゃない?」と
思われる方もいらっしゃるでしょうが…

まあ、極端な人間でないのは確か。
この私に、「過激」と「濃い味」は似合わない(笑)。

左とか右とか、リベラルという言葉の定義さえ
変わってきていますし。

そんな、政治を深く語らない、
語る知識もない私としても、気になるのが「防衛問題」。

我が国=日本国の「国防」について、
自分なりに考えたことを「小声で」お話しします。

高市さんの自民党(及び維新)が圧勝したこともあり、
それを喜ばない方々からは
「日本の軍国主義と軍拡への懸念、戦争を止めよ」
との声があります。

一昨日の日曜日には、ここ荻窪でも
道路の交通規制を敷いてのデモがありました。

シュプレヒコールは「高市やめろ」。
高市を辞めさせたいの意味と、
戦争をやめろの両方ですね。

看板に踊る文字は、例えば
・トランプと共に中国侵略戦争に突進する高市を倒せ!
・改憲、戦争、阻止!
・戦争と排外主義の高市倒せ
・辺野古 新基地阻止 etc.

相変わらず、「反対」「絶対」「阻止」、
「大声」や「罵倒」が中心で、
もう少し意見の言いようがあると思うのですけど。
ユーモアと皮肉を込めたプラカードを作ってみるとか。

なにやら「反権力」を叫びながら、
事実とずれた「揚げ足取り」が目立つ点では、
マスコミ、いわゆるオールドメディアと
重なって見える部分もありました。

私だって、戦争は「絶対」反対です!
痛いのいや。
集団行動ができないので、行進さえいや。

私はもう爺さんだけど、息子や孫の世代を
戦いに駆り出したくはない。

でもね、「防衛費増額 ≒軍事力強化」は、
いまの自分としては「必要なもの」と捉えています。

そして、「防衛と軍事力の強化」が
「軍国主義の専制国家」になるかと言えば、
それは違うであろうと。

すごくゆるい書き方をすると、私は
「日本の軍備は、防犯のようなもの」と理解しています。

かつては、家の鍵をかけなくても外出できた。
近所も見知った人ばかりだった。

しかし、人が増え、把握が難しくなり、
実際に犯罪も発生して施錠は常識になった。
でも、簡易な鍵レベルで済んだ。

それが、いよいよ隣人とも疎遠になり、
アパートに外国人も多数住んでいる。
ゴミ出しのルールも守らないなど、いざこざも発生。
(日本人同士でも、こうした問題はありますが…)

そして、室内や電話への傍聴、
パソコンへの侵入など「情報漏洩」も起きてきた。

もう、性善説と倫理だけでは、
(ほんと残念ながらですが)守れない世の中です。

だから、せめて「防犯」は強化。
鍵はもちろん、必要そうなら監視カメラもつける。

個人の住まいも、企業も、政府も、
お空の上・宇宙からの監視に関しても。
情報流失なんて、まさに盗難に遭うようなものです。

実際、日本の近隣には、
中国・北朝鮮・ロシアという、気の許せない国がある。

だからと言って、こちらから、「成敗してくれる」と
出掛けていくのはまずいし、過去の日本の歴史には、
それに準ずる行為もありました。

これからはアメリカとの同盟関係(属国関係!?)も
変化してくるでしょう。

「防衛」ではなく「防犯」という意識。
「国防」よりも「安全保障」に近い感覚。
決して軍国主義ということではないと思うのです。

そんな理屈さえ、まだ甘い考えなのか、
これでも、すでに過剰なレベルなのか!?

政治周りのイデオロギーに関わることには
あまり触れたいとは思わないのですが(苦笑)
ここまで投稿してきた延長で、
自分の考えをまとめてみました。

日本と世界が、平和でありますように。

健診拒否の死生観(私)。

「ここ10年、健康診断を受けていない」と言うと、
だいたいの人が、ギョッとします。

しかも、私は3月で69歳。
さらに1年前には妻を(病気ではありませんでしたが)
63歳で亡くしています。

娘と息子からは、
「父さんには長生きしてほしいから」と、
検査をかなり強く勧められています。

このまま拒否し続けていると、
そのうち綱をつけて引っ張られるんじゃないか……
という勢い。
もうすっかり、爺さんの意固地でしょうかね。

先に、はっきり言っておきますが、
世の中で言われる
「健康診断を受けましょう」という流れを、
私は否定しません。

何も見つからなければ、それで良い。
グレーゾーンが出たら、体質改善のヒントになる。
だから一般論としては、
「健康診断に行きましょう」で良いと思う。

「では、なんで自分は受けないんだろう?」
と考えると…… いくつか理由があります。

ほんと10年前までは、
年に一度、必ず検査を受けていたんですけどね。

若い頃の広告代理店時代も、
制作会社にいた頃も、
独立して小さな会社をやっていた時も。

経営者の責任として、
「年に一度/全員の健康診断」は行っていました。

それが… 自分自身に関しては、
すっかり拒否するようになった。
理由は、以下です。

■バリウムや胃カメラは、飲みたくない。

台の上でグルングルン回されたり、
「ウェーッ」となりながらカメラ飲んで、
自分の胃の中なんて見たくもない。

大腸? 知らん。
レントゲンも浴びたくない。

検査するだけで病気になりそうです。

■ かといって、軽い検査だけでは見逃しがある。

「検査では、数年マイナスは出なかったんですけどねぇ」
という発見事例を、どれだけ聞いてきたことか。

■そして、見つかったところで…

数年ぶりの健診で、ようやく発見され、
「ずいぶん進行していますね。
もう少し早く検査に来ていれば……」と
言われるような重病なら、もう諦めます。

そこからの対処でも、治るものは治るでしょう。

もうひとつ。

■「一応の手術」なんて、したくない。

検査で、「影があります」「ふくらみがあります」
「数値が高いですね」と言われ、
「良性とは思いますが、一応、取っておきましょう」
ってやつ。

メスを入れることは、
人間の体にとって、ものすごい負担です。

「一応の手術」と
「ベッドで何日か過ごすこと」の方が、
よほど健康に悪いと、私は思っています。

ではお前は、病院そのものを拒否しているのか?
それは違います!

・どこか痛かったら、しばし様子を見る。
・回復しなければ、症状を検索したうえで病院に行く。

科学的ではないと言われるでしょうが、

・見つかる時は、見つかる。
・治る時は、治る。
・そこには、かなり「運」のようなものもある。

むしろ結果の数字に怯えて過ごすことの方が、
健康に悪いと感じています。

もし、「余命○か月」や「長くて○年」と言われたら…
人生の「店仕舞い計画」が明快になって、
それはそれで良いではないですか。

そして、私の根本的な考えですが、
「もう、いつ死んでもいいもん!」という割り切り。

とはいえ(苦笑)
いちおう健康ぽいこととしては

・少しの腹筋、ストレッチ、呼吸法。
・近所でも5,000歩、打ち合わせの日は8,000歩。
・自宅は3階なので、ほぼ階段利用。
・月に一度の整体で、体の使い方を意識。

細身でエネルギー低そうな体ではありますが、
風邪は滅多に引かず、薬を飲まずに治る(治す)。
入院経験もありません。

酒は、ビールを中心に毎晩。

というわけで、
これらが、私が健康診断に行かない理由。

屁理屈かもしれません。
「それは違うだろ!」と説得したくて
「うずうず」している人もいるでしょう。

バレンタインデー2月14日にしては、
まるで花のない話で失礼しました。

選挙言葉のイメージと勝敗。

昨日は「カタカナ言葉の専門語り」として、
マーケティング分析の用語って、
相変わらず「わけのわからんカタカナが多いなー」
という感想レベルの投稿をしました。

そんな話をしている本人が、
「クリエイティブディレクター&コピーライター」という、
これまた怪しいカタカナ肩書を名乗っているわけですが!

そして、きのうの日曜日は、
衆議院議員選挙の投票・開票日でした。

私は3日前の木曜日に、人生で初めて
期日マエ投票(正式には期日ゼン投票らしい)を済ませ、
全国の各党の情勢と、自分の「自宅 兼 事務所」がある
東京第8区(杉並区)の小選挙区の様子を、
楽しみに見ていました。

全体の結果は、
自由民主党の圧勝と中道改革連合の惨敗。

立憲民主党と公明党が「衆院選において」合体した
「略称:中道」は、大幅に議席を失いました。
ただし、「実質公明党としては議席増」という、
なかなか複雑な展開も印象的です。

詳しい情勢分析は、
いまや「オールドメディア」と呼ばれるマスコミや、
あまたのSNS配信にお任せすることとして…

本日は、広告屋目線での話です。
選挙で語られた「言葉のイメージ」について。

具体的な事例は挙げません。
あくまで、私が感じた「選挙言葉」の感想です。

1_悪口の「消費期限」が切れた:

相手の揚げ足取りや罵倒は、
聞いた人が「溜飲を下げる」 どころか、
嫌悪感と反発を生み、自分への賛同にはつながりません。

「よくぞ言ってくれた」は、
よほどコアな信者に近いファンだけ。

前向きなアイデアを出さず、態度も悪く、
「吠えているだけ」に感じられる議員や政党に、
多くの人はもう 飽き始めています。

特に、いまの10代・20代の若者には届かないのは、
今回の選挙ではっきりしました。

皮肉を込めて攻撃したいなら、
そこに「ユーモアやウイット」を混ぜて、
「痛い所をうまく突くなー」と共感させる話術が必要。
用意されたプラカードを掲げ、罵倒し、
人の話を聞かないような政治論争は、
もう終わってしまったということです。

2_「中庸」というスタンスの生存戦略:

これは、政党名の「中道」ではなく、
もちろん「中庸な立ち位置」という意味です。

反対するなら、根拠と代案を示して話し合う。

「是々非々」を謳う政党は、
爆発的な伸びはなくとも、生き残っています。

ただし、政治とは
「理念」とともに「存在感」が大切な世界。
良くも悪くも「典型的な人気商売」ですから、
「どっちつかず」「曖昧」になると、それは
「政党としての弱さ」になり「消えていく」ことになる。

それでも、一旦飲み込みつつ考えて吐き出す姿勢は、
「とにかく反対」よりは、いまの世の中では
支持されると感じました。
(まぁ、社会人として当たり前のことですが!)

3_「耳心地の良さ」に潜む洗脳の罠:

党首はもちろん、目立つ議員の言葉は、
悪く言えば「国民を扇動する」旗印になります。

アジテーションに沸き立ち、
根拠のないフェイクニュースに踊らされる危険。

いま風に言えば「PR戦略」ですが、
オールドメディアの衰退と引き換えに、
「ネットの、特に切り抜きをサクッと見ておけば、
時短でコスパ良し」という短絡思考は、かなり危うい。

短く、わかりやすく、心地良い言葉に
「無意識に思想を誘導する意図」は隠れていないか。
「実はね…」の耳打ちは、事実に基づいた話なのか。

本当に日本国民のためになり、
さらに言えば、世界平和にもつながるのか。
冷静に考える必要があります。

まとめると:

罵倒と反対だけではダメ。
中庸だけでもダメ。
耳障りの良い高揚だけでもダメ。

これは、日常の仕事や人間関係にも
すべて当てはまりますが、
特に政治においては、
その影響力と責任が段違いに大きいです。

今回の衆議院選挙は、短期間の告知のうえ、
大雪の中での実施に批判もありました。

それでも期日前投票は有権者全体の26%へと増え、
全体の投票率も56%へと少しだけ上がりました。
(こんな大切なことが、まだまだ低すぎますが!!)

選挙動向は、面白かった。

国民一人ひとりの考えや立場は違いますが
(それこそ民主主義!)

これからも政治を見守りつつ、
日本を進めていきたいです。
(私の将来は長くはないけど!)


*************

※関連する過去記事

「中道」政党名の「響き」からの考察。2026/02/04
https://www.omotesando-ad.jp/archives/55173066.html

「中道」政党の広告的混迷。2026/01/21
https://www.omotesando-ad.jp/archives/55172319.html

自民党の「強く」ポスターへの評価。2025/12/17
https://www.omotesando-ad.jp/archives/55170416.html




カタカナ言葉の専門語り。

これを投稿しているのは2/8(日)のお昼。
東京の杉並区荻窪は朝から2センチほどの積雪ですが、
もう止んでくる雰囲気ですね。

そして本日は、衆議院議員選挙の「投稿・開票日」。
小選挙区の議員さんと、比例では政党を選択する選挙。

全国的に、例年を上回る積雪の影響で
投票率が心配ですけれど、皆さん、ぜひ行きましょうね。

私は、すでに3日前の木曜日に投票を済ませています。
生まれて初めての期日前投票で、
68年生きてきて(もうすぐ69年ですけど…)初体験。

「期日『マエ』投票」は、正式には「期日『ゼン』投票」だ
と言うことも知りました。

私の選挙区は「東京都第8区」。
現職議員は、中道改革連合の女性の方で、
中道の中では「次の党首候補」としても
期待されているらしく、かなり強力。
しかも、杉並区長(女性)の応援も受けている。

追う自民党など、どんな結果になるか興味深いです。

本日は、そんな「リキの入った日」ですが、
軽く短い、感想みたいなことを話します。

タイトルは、「カタカナ言葉の専門語り」。

昨日、土曜日の夕方。
マーケティング関連のセミナーを聴きに行きました。
夕方から、2時間ちょっと。

テーマは(主催者のタイトル通りではありませんが)
「良いブランドとはどういうものか」という内容で、
広告屋として、たまには勉強しないと!と思い、
港区赤坂まで出かけました。

ここで、セミナー内容そのものには触れません。
講演メモは少し取っていますが、
その直接のご紹介は、やめておきます。

唯一、投稿ネタとして「突っ込ませて」いただければ…

相変わらず「わからんカタカナ用語」が多いなぁと。

大手広告代理店の方々や、
大学の先生などが登壇されていましたが、
特に冒頭の「代理店の方による基調講演」は、

多数の映写スライドを
「ぱっぱ、ぱっぱ」と高速で切り替えながら、
早口で語られる言葉が、

パーパス
エクイティ
ホリスティック
ダイバーシティ

生活者は動的に変化していくスタティックな存在なので
リベラルアーツ型の「知」に注目。etc.

なんじゃこりゃ、です!

マーケティング研究の発表とは、いまだに、

・カタカナを羅列して、
・文字びっしりのスライドで、
・たたみかけるように話すのが
パターンなんですかね。

今回のセミナーは、データ分析が中心で、
来場者も「調査・マーケティング畑」の方がほとんど。
ちょっと「かする」だけの私が
口を挟むのは違うかもしれません。

こうした、きちんとした分析系の
広告・マーケティングセミナー聴講も久しぶりです。

でもなー、そんなにカタカナ用語を連発しなくても!

選挙の話に、少しだけ戻すと…。

他党の悪口や揚げ足取りばかりで、
肝心の「自分達は何を目指すのか」を示さない政党は、
60歳以上の固定した支持層には受けても、
18歳から20代の若者には「まったく受けない」のは、
それこそアンケート調査で明らか。

今回のセミナー自体は、
質疑応答も含めて「聞いてよかった」内容でした。
そこは、きちんとお伝えしておきます。

そもそもB to B の勉強であって、
B to Cのコミュニケーションの場ではありませんでしたし。

ただ、「人に何かを伝える言葉」とは、
専門用語が多くなりがちでも、
カタカナ翻訳語を「畳み掛ける」プレゼンテーションでは、
ないと思うのですよ。

はい、すみません。
内容そのものではなく、表面的な「伝え方」
「コミュニケーション」について話してしまいました。

カタカナ言葉の専門語り。

自分を含め、広告屋としての永遠の課題です。


「中道」政党名の「響き」からの考察。

2週間前に投稿した「政治ネタ」の続きです。

前回のタイトルは
【「中道」政党の広告的混迷】
2026/01/21(リンクは欄外にて ※)

ただし今回も、各党の政治的信条や是非、
私個人としての支持・不支持には触れず、
選挙情勢の分析もしません。

あくまで、前回・前々回と同じく、
中道改革連合(中道)と自由民主党(自民)の
スローガンやポスターについて述べたように、
長年、広告業界の片隅で生きてきた者としての
コピーライター/クリエイティブディレクターの視線で、
軽く分析してみる雑文です。

さて、「中道改革連合」の
新党としての「言葉の響き」について。
大袈裟に言えばネーミングとブランディングの話です。

新党名は、1月16日に記者発表され、
私の前回投稿時点では、まだ5日ほどしか経っていませんでした。

ところが、党側が呼んでもらいたい略称としての
「中道」は主にマスコミ(大手のテレビ・新聞)に留まり、
SNSやYouTubeでは「中革」「中革連」が
目立って使われるようになってしまった。

新党に対抗する勢力や、それを面白がる一般の人、
さらにYouTuberなどが
「故意に皮肉を込めて」使っている面も確かにあるでしょう。

しかし、ネーミングの「作り方=見え方」として大きいのは、
次の点だと思います。

◎中道という言葉が、
「立憲」や「公明」などの強さやメッセージ性ではなく、
「曖昧」に感じられがち。

◎それよりも「改革」が印象に残り、
「革命」を連想させる「革」の字の方が勝ってしまう。

◎「連合」と言う単語が、
バックにある労働組合の総称を想起させやすい。

◎名前が長いため、略して呼ぼうとすると
「中道・改革・連合」=「中・革・連」になりがち。

そして今回、私があらためて気付いたのが
「音の響き」です。
AIさんにも手伝ってもらって(笑)、整理してみました。

まず、他党を比較すると…

・自由民主党 → じみん
・日本維新の会 → いしん
・立憲民主党 → りっけん

いずれも
語尾が閉じる/短く、強い。

「ん」という撥音(はつおん)が、
言い切り感、完結感、決断力を想起させます。

一方で、
・公明党 → こうめい
・参政党 → さんせい

こちらは母音終わりですが、
二拍目が強く、リズムがはっきりしている。
広がりや明るさ、未来志向を感じさせる響きです。

それらに対して、
・中道改革連合(略称:中道)→ ちゅうどう/ちゅうどー

「う」という長音が続き、拡散し、輪郭がぼけやすい。

……要するに、ぬるくなりがち。

「ちゅうどう」だと
母音が続く/伸びる/緊張感がない/揶揄に使いづらい
「ちゅうかく/ちゅうかくれん」なら
破裂音(k)/語尾が閉じる/一気に言える/記憶に残る

SNS時代においては、言いやすくキャッチーで、
時には皮肉れる名前が、先に伝播してしまいます。

また、ブランディングという視点で整理すると:

あえて「立憲公明党」や「立憲」そのまま、
あるいは「公明党」に寄せた作文ではなく、

「良かれと思ってつけた新機軸」が、
・新党名としても
・略称としても
・音の響きとしても… 残念な着地になった。

加えて、「生活者ファースト」という
二番煎じ・三番煎じのスローガンもねー。
(あ、少し批判的になってしまった。)

とはいえ…
これだけ「ネーミングの大切さ」を解説しながら、
「名前もロゴマークも、慣れてしまえばそれで良し」も
長年の広告屋の実感です。

最初はダサく思えたものが、
潰れずに生き残ることで、
浸透し → 立派に見えてくる。
(新党して → 立憲に見えてくる!?)

中道が、どこまで従来の「立憲&公明」をベースに
信任を得るのか… とても興味深いところです。

いよいよ4日後、2月8日(日)が「第51回衆議院選挙」。
投票時刻は、私の杉並区(東京都第8区)では、
7:00〜20:00。
(地域によって異なる場合がありますのでご確認ください)。

期日前投票もあります。
特に雪国の方々は、本当に大変だと思いますが、
できる限り投票に行って、日本の、世界の、
そして子供達の将来を希望あるものにしましょうね。

今回、自分を含めて「選挙への興味が高まった」のは、
とても良いことだと感じています。
それを単なる「悪口の言い合いや傍観」で終わらせず、
具体的な行動に結びつけましょう。

*************

※過去記事
【「中道」政党の広告的混迷】 2026/01/21
https://www.omotesando-ad.jp/archives/55172319.html

【自民党の「強く」ポスターへの評価】 2025/12/17
https://www.omotesando-ad.jp/archives/55170416.html





信頼を失う仕事癖の典型2つ。

本日は、すみません。
珍しく悪口を書きます。

ストレスが溜まったので、深呼吸のつもりで!?

個人が特定されない一般論として述べますが、
もしこれを当事者が読んだとしても、
すでに「これ以上繰り返すとやばいよ、仕事失うよ」
と伝えていますのでダメージは少ないでしょう。

そもそも、こまめにメールを見たり(←これ、ヒント!)
取引先のSNSをチェックする人ではないので、
この投稿を目にする可能性も、まずないでしょう。

さて。
仕事上のトラブルには、ミス、無配慮、相性など、
さまざまな要因があります。

その中で、今回はあらためて
「これは決定的だな」と感じた典型的な2点について。

主人公は、
◎弊社のお取引先・発注先の「○○業・営業さん」。
◎私よりはずっと年下で、その人が新入社員の頃から
たまーに依頼してきた男性です。
当初は「明瞭で将来が楽しみ」だったんですけどね。

トラブルの典型事例:

1_とにかく、報連相が遅い(時にメール返信)。

どれほどの頻度でメールを見ているのか。
見ていても返事をためらっているのか。
まだ大丈夫と思っているのか。

理由は不明ですが、とにかく「反応がない」 。

そんなことを書くと、
いっけん 几帳面で神経質で容赦ない川島が
(ほんと、いいも悪いも そう思っている方がいらして…
血液型がAかABに見える、実はOの魚座!)

「メールは秒で返せ」の印象があるかもしれませんが、
私自身「即 返信」ではありません。
数時間あけたり、翌日以降の場合もあって。
四六時中、スマホを気にしていたいとも思いませんし。

ただし、緊急そうな内容には返します。
「受理しました。明日までお待ちください」 の
一報だけでもね。

ところが「この人」は、なしのつぶて。

例えば、日程ギリギリの中での納期の再確認。
気にしているのは、私だけではなく、
そもそもの発注元であるクライアントです。

「取引相手が心配している」という想像力と、
「早めに伝えて安心させよう」という配慮が、
すっぽり抜け落ちている。

だから私も、クライアントから催促が来る前に確認し
(某担当者は突っ込まないと答えてくれないから!)
伝えるように心がけるのですが…
わー、クライアントから先に来た!!!

2_電話をくれても、留守電を残さない。

依頼した工程のトラブル発生時など、
まれーに私のスマホにかけてくるのですが…

留守電メッセージを、一度も残したことがない。
着信履歴のみ。

私は、基本的に電話には出ません。着信音もオフ。
迷惑電話も多いし、作業の中断は嫌だし。
本当に緊急なら、何度もかけてくるでしょう。
今時、SNSのメッセンジャー機能も各種ある。

私が少しあとで着信履歴(発信者名あり)
に気づいて… 「何かあったのかな」と心配しても、
肝心の要件が、いっさい録音されていない!!

すぐに折り返せない場所にいる時は、
何事かと「ヤキモキ」しますよね。

3_まとめ

コミュニケーションの先延ばしと、
相手の都合や心理への配慮が欠如。

「申し訳ございません、スムーズな進行に務めます」
の台詞、何回聞いたことやら。

今回はさらに、数箇所への荷物ラベルのうち、
1か所を間違えた!!! … やってくれるぜ。

仕事の進め方や連絡手段は、人それぞれ。
それは承知しています。

しかし40歳を過ぎてもなお、
「こまめな連絡」と、
「テキストで要点をまとめること」が不得手な営業さん。

会社としての製品品質は一流、連絡品質は最低。

私が「コピーライター」という専門職であると同時に、
人と人の間に立つ「クリエイティブディレクター」という
企画&調整役であることも、ストレスの一因なのでしょう。
(楽しくもあるけれど!)

本日は、「困った営業さん」をネタにした雑談でした(汗)。

照明 オレンジ化計画。

電球や蛍光灯についてです。

眩しい光や、白色の光が、ほんとダメになってきた〜
と言う雑談。

それについて語る前に、少しだけ。
3月で69歳になるこのオッサンの(いや、もう爺さんか)
体調の変化について…。

珈琲をブラックで、飲めなくなってきたのですよ。

もともと朝は紅茶派。
味覚的にも体質的にも、濃いものや刺激のあるものは
得意ではありません。

それでも珈琲は、
砂糖もミルクも入れず、ブラックで飲んでいました。
いわゆるブレンドも、アメリカンも、エスプレッソも。

それが、この2年ほどは
「飲めるには飲めるけれど、一口でいい」状態に。

牛乳や豆乳を入れれば大丈夫。砂糖は不要。
カフェオレ・カフェラテなら、いまだに好きです。

そんな味覚の変化と歩調を合わせるように、
「白い照明」がダメになってきた。

前提として、確かに昔から
照度が強いもの=輝きすぎる・眩しすぎる光は苦手で、
パソコンもスマホもテレビも、
明るさはずっと「抑え気味」に設定してきました。
機種によっては「明るさを下げる」ボタンを
トントンと押していって、これ以下はない!みたいな。

そうこうするうちに最近は、
「光の強さ」だけでなく、
特に蛍光灯の「白い明るさ」が、ほんと辛くなってきて。

妻が1年前に亡くなったものの、
いまもそのまま一人住まいの賃貸マンション。
勝手なリフォームはできませんけど、

天井に直付けの丸い蛍光灯(シーリングライト)は、
なるべく点灯しないようにして、
間接照明的な、天井に反射させる形式の
長い蛍光灯がある部屋は、そちらを使うようにしています。

さらに重要なのが、電球や蛍光灯の色。
市販されている「昼光色・昼白色・電球色」の中から、
なるべく電球色=オレンジ系のLEDを選択。

歳をとると目が悪くなるので
「煌々と輝く、白くて強い蛍光灯を欲する」
という記事を読んだことがありますが、
私の場合はどうも逆ですね(まだ今のところ!?)。

目を刺すような、特に白い光が、本当に苦手になった。

ちなみに、生前の妻は、
「暗いのは寂しい」と電灯はフルにつけていました。
もう、その必要もないわけで…。

そんなこんなで、数日前には、
部屋中の明かりを 一気に差し替えました。

極力オレンジ系にして、
間接照明ぽいものがあればそちらを選び、
天井の光をつけなくても済む所は、あえてオフ。

暗さの補助として、スタンドライト(当然、電球色)を
置いています。

ただし、広告クリエイティブが仕事なので、
書斎デスクだけは例外。
色の再現性が比較的正しい
「白色」のスタンドライトを使っています。

クリアで白い、キラキラした輝きは、
もう不要になってきた。

見た目の明るさだけでなく、
電球や蛍光灯が発する「波長」や「波動」への反応が
変わってきたのかもしれません。

それは、仕事や人間関係とも、
どこか似ている気がして…。

はい、暗く うっすら生きていきます。

「中道」政党の広告的混迷。

国政選挙、面白いですねー。

自分を含め、他人事のように思っていた人も、
いち国民として まさに自分事。

私も1か月前には【自民党の「強く」ポスターへの評価】
という投稿をアップしています(下段参照※)。

世界情勢が、いよいよやばくなってきて、
「日本は、日本人はどうするか」の正念場。
やっと国民の意識が政治に向かっている気がします。

投票率が低いと、労働組合系や宗教系など
「組織票」に左右されがちですので、
選挙には18歳の若い世代を含めて行きましょうね。
期日前投票でも。

今回の選挙は「第51回衆議院選挙」。
2026年1月27日(火)公示 ―2月8日(日)投開票です。

注目点は、自公連立から離れた公明党が、
野党第一党の立憲民主党とくっついたという急展開!

日本国の政治団体としては中程の自民党
(批判する人によっては右寄り)と組んでいた公明党が、
左寄りの(でも自分達では「まん中」と自負する)
立憲と組んでしまった驚きと面白さ。

私は、与党自民党への対抗勢力になる(かもしれない)
合併野党について、政治信条的な評価は避けますが…

隅っこの広告屋としての目線では、
「中道」政党をうたう「中道改革連合」の
「広告・広報的アピール」は、かなり疑問です。

実質左なのに(何度もごめんなさいね!)
何がなんでも「中庸≒中道」を言いたいために、
政党ロゴ&ネーミングでも「中道と呼んでください」と
略称である「中道」をアピールしている。

でもネットでは(新聞・テレビのマスコミは触れませんが)
「中革連」「中革」の呼び名が定着し、
安保〜学生運動時代の「中核派」を思い起こさせるとか、
「中国革命ですか?」の意見も見かけます。

中道改革連合・中道 … うーむ。
他に名前はなかったのか。

広告代理店や制作会社を含めて、
候補はさまざまあったでしょうに、
結局この名前を選んだセンス。

そして、スローガンも大変で!
「生活者ファースト」… こ、これはないでしょう。

米国トランプ大統領の「アメリカ・ファースト」から始まり、
都政の「都民ファースト」、
参政党の「日本人ファースト」など、
すでに手垢にまみれている「○○ファースト」を真似っこ。

「生活者」と言う単語も、いかにも「媚びて」いる。

サブコピーの「くらしを真ん中へ!」も抽象的で、
暮らしを真ん中に寄せられてもねー。

さらにさらに、ポスターのデザイン!
青色(爽やかさや刷新、青空を意識した色か)を背景に、
上向き横顔の「共同代表」おっさんふたり。

古いです!

新しい旅立ちのはずなのに、
昔あった政党がゾンビのように蘇った印象さえあります。

支持者も、支持する組織も大きい中革連、
いや中道ですけれど、
私は「いかがなものか」という感想でおります。

(「いかがなものか」って物言い、嫌ですよねー!苦笑)

選挙、楽しみです。
行きましょうね。

*******************

※過去記事【自民党の「強く」ポスターへの評価。】 2025/12/17
https://www.omotesando-ad.jp/archives/55170416.html


パッケージの引き算 ex.スコッティ。

本日は、日用品のデザインについて。

ティッシュペーパーのスコッティ(scottie)の
パッケージをネタにしたお話です。

ついでに、ラベルとかシールを「徹底的に剥がす」という、
これもかなり極端な私の好みについて(笑)。

そんな話、何が面白いのか… と
思う方もいらっしゃるかもしれませんが、
2つ前の投稿【椅子の意志:ハンス・ウェグナー展】に
興味を惹かれた方には、案外つながる話かもしれません。
(※過去の投稿は欄外↓)

最近は気がつくと、ポピュラーな家電でも
「白ベースに花柄模様」みたいなの、見かけなくなりました。
もう死語ですが、「おしゃれ家電」が当たり前になった。

ところがティッシュのパッケージだけは、
わりと長い間「花柄的なカラフルで可愛いデザイン」が
生き残っていた気がします。

そんな中で、私がずーっと「もうこれ」と決めているのが、
スコッティ。
白とグレーだけ。ストライプの箱です。

スコッティの発売元は、日本製紙クレシア株式会社。
もう50年にわたる商品らしいです。

その「5箱パック」を私は必ず買います。

昔は(登場から最近まで?)
カラーはグレーだけではなく、
同じストライプのデザインでも
ホワイト、ブルー、ピンクなどとセットになっており、
クリスマスシーズンになると、
5箱の一番上はクリスマス柄だったりして。

あれがねー、私は苦手で。いらぬお世話!

きょうは全体として「川島の好き嫌い回」です。すみません。

せっかくのグッドデザインなのに
「なんでグレーだけにしてくれないんだ」と思っていたので、
最近、店頭で「グレーの5箱パック」を見つけた時は
びっくりしました。他の色がないのです、嬉しい。

ちなみに、全体ホワイトも良かったものの、
生活の中ではちょっとクリーンすぎるというか…。

一方、無印良品的な「ダンボール色」は
素朴で嫌いではないけれど、そっけなさすぎる。

グレーだけに絞って展開してる経緯は分かりませんが、
よくぞ決断したなぁと感心します。
消費者アンケートだったのかな。
それとも売場のPOSデータで勝ったのか。

このストライプデザインが登場したのは、1986年。
もう40年も前です!

裏話の記事を読むと、
パッケージのリニューアルはコンペ形式で、
世界各国から20人のデザイナーが呼ばれ競ったらしいです。

オリエンテーション、つまりクライアントの条件は、
・花柄であること
・与えられたロゴを使うこと

… 花柄が条件。びっくりですよね。時代を感じます。
そりゃ、花柄だってフィンランドのマリメッコみたいに
おしゃれにできるかもしれませんけど。

そして勝ち取ったのが、グラフィックデザイナーの
松永 真(まつなが しん)さん。

この人が何をやったかをご紹介すると…

◎花柄も既存のロゴも無視。
◎生活用品として部屋の片隅にそっと置ける、
シンプルな白い箱を提案したそうです。

デザインの話ではありますが、
プレゼンテーションとしても勉強になりますよね。

カラーバリエーションが増えた経緯はわかりません。
最初は「好みで選べばいい」だったのか、
松永さんが押し切られたのか!?

でも時はたち、
私が好きなグレーのストライプだけに絞られて、
5箱パックとして売られている。

2016年度のグッドデザイン賞も取っていて、
素晴らしいロングセラー商品です。
(※※メーカーサイトは欄外↓)

で、ここからは私の「剥がし癖」について(苦笑)。

私は、商品を覆っているビニール(シュリンクラベル)と、
ベタベタ貼ったシールが大嫌いです。

パソコンMacのノートタイプを初めて買った際、
裏側のデザインがネジ穴まで綺麗で、しかも
注意書きのシールが一切貼ってないことに感激しました。

Windowsには、電力の注意、Intelのブランドシール、
製造番号などベッタベタでしたから!

私は、どんな家電でも目立つ場所のシールは剥がす。
台所の食器用洗剤のボトルも、買ったら即、
覆っているビニールを全部取ってしまいます。

どんどん物や色が溢れてしまうのだから、せめて
基本となるものはシンプルな方がいいと思っています。
別の言い方をすると「余計なノイズがない」
「道具として、そこに静かにある」イメージ。

本を読む時も、帯や表紙のカバー、
ましてや 書店さんのカバーは不要です。
ぜんぶ取っ払って裸で読みます。
(さすがに捨てずに取っておき、
読み終わったら元の状態で本棚に入れますけれど)。

皆さん、なんでそんなに綺麗にしておきたいのですかねー。

私は、人からはすごく几帳面に見えるらしく、
この「カバー剥がし」の話をすると
「川島イメージの対極!」とびっくりされるのですが。

ここでパッケージに話を戻すと…
どんな商品でも、徹底シンプルが良いわけではない。

私は、カルビーのコップ型ケースのスティックポテト
「じゃがりこ」のパッケージデザインに
新発売から10年ちょっと関わりましたが、
こうした大衆的なお菓子のデザインは、
おいしさや楽しさを感じさせた上で、
パッケージ自体が「店頭の広告」なのです。

従って、「語りかけてくるデザイン」の必要がある。

おいしさの表現に「シズル」という言葉があるように、
語りかけてくる「シズル」デザインか、
語りすぎない「ノイズレス」デザインか。
その違いですね。

私はグラフィックデザイナー職ではないものの、
広告屋として長年ふわっと関わってきた経験と、
自分の好みも込みで「引き算のデザイン」を語ってみました。

皆さんの「日常生活とデザイン」についても、
よかったら教えてください。

**************

※【椅子の意志:ハンス・ウェグナー展】 2026/01/04
https://www.omotesando-ad.jp/archives/55171366.html

※※スコッティのメーカーサイト
https://scottie.crecia.jp/scottie/

投稿は「コンテンツ」か。

ネットでの投稿や音声配信において、
何百字程度(何分か程度)を書き連ねる場合、
「その中身」は「どうあるべきか」。

結論から言ってしまうと…
「どうあるべきか」って、
「各人が好きにすればいい、どうでも構わない」が
一般論となるでしょう。

そうは理解した上で、
けっこう根本的なテーマと思ったので、
自分の考えを整理してみますね。

そう、私の場合、「整理」という言葉が近いかな。
「自分の整理整頓」のために投稿している部分は大きい。

自分の考えを、あるいは疑問を、
文章化することによって自分自身が腑に落ちる。

さらにそれを「自分だけのメモや日記」に
とどめるのではなく、
人の目を意識して書くことで、
知り合いや見知らぬ人に「理解してもらえる」
程度には文章を整える。
そのほうが、結果として客観的にまとまる。

私の場合、発信メディアとしては
文章投稿はBlogとFacebook、音声はstand.fmです。
(スタエフからSpotifyとApple Podcastsに自動配信)。

しかし、語っている内容は、どれも一緒の省力化(笑)。
よく言えば、好みのメディアやアプリでご視聴いただける
「マルチプラットフォーム」です!

ただし、作成にはけっこう時間をかけています。
テーマを考え、そのための軽いメモ書きや、
時にはネットで下調べもします(固有名詞の確認も)。
そしてもちろん、文章の推敲も(漏れはお許しをー!)

投稿と配信は、数日に一度。
サボると1週間や2週間「あく」こともあります。

ブログを開始したのが2005年で、もう20年書いてる!
最初の数年は、それこそ「毎日」更新していました。

まぁ、文章の練習にはなりましたが
(※下記参照:昨年12月の投稿
書き続けるとうまくなるよ、誰でも。)

どこまで中身があったかと言うと(今でもですが!)
はなはだ疑問ではあります。

きっと「SNSアドバイザー」的な立場なら
「毎日配信!」を言うかもしれません。
「毎日、さらに定時に配信することによって、
視聴者の習慣化と愛着が高まります」とかね。

私は、ファン層を増やしたいというわけではありません。
少なくとも「登録数00000人が目標」とは思っていない。

閲覧数が、1ポイントいくらでお金になったり、
リストを集めて顧客獲得 →セミナーに誘致 →
まずは安めのフロント商品を販売してから…なんて。

私だって承認欲求はあり、
たくさんの人に見て・聴いてもらって、
いいね!がつき、コメントが溢れるとうれしい。
(コメントにすべて返事を書かない、
お礼のいいねも滅多に押さない皮肉屋ですけど…。)

でも、そもそも集団行動やワチャワチャは苦手で、
「ファンクラブ化」「コミュニティー化」は興味なし。

放送時間の半分が「近況報告」みたいなのも苦手です。
「その人の声が聴ければ良い/語られることは何でも信奉」
という「ファンサイト」なら別でしょうけれど。

基本、アドリブの語りだったとしても、
その人なりに伝えたいことの「設計が見える」
サイト作りが好きです。

つまりは、雑談風でも「テーマ性」がある、
「コンテンツ」と言えるような内容と語り。

ちなみに、音声配信を = ラジオ放送と捉えて、
「ステーションコール」のように長々
番組紹介を話す方がいますが、あれは不要では!?

「広告業界46年、すいも甘いも経験したコピーライター
兼クリエイティブディレクターの川島CDが、毎朝何時に
人生のヒントを赤裸々に大袈裟に語るこの放送。
あなたのときめきのナビゲーターです。
よろしければこの機会にLINE公式の登録も…」 などと。
ご本人は、必死で早口で喋ったり…
視聴者も毎日、よく飽きないものだと思います。

私は(情報収集と割り切った場合以外)
倍速聴きも、スキップもしませんが、
この「長々 毎回紹介」は、ほんと飛ばしたくなります。
すみません!

『小さな広告屋から』などと「広告制作者の配信」
であることをメインタイトルにつけながら、
それらしいネタはごくまれ。
「書き」も「しゃべり」も、それこそ雑文している私が、
伝えたいことは何なのか。

「コンテンツ」と言い切ってしまうのは
「おこがましい」ものの、自分自身のため +
クリックしてくださる どなたかへのメッセージ。

本日はまさに、「自分への振り返り」ともなる回と
させていただきました。

**************

※【書き続けるとうまくなるよ、誰でも。】 2025/12/06
https://www.omotesando-ad.jp/archives/55169887.html


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Profile
◎川島 孝之(Kawashima Takayuki): 株式会社flowers 代表取締役・クリエイティブディレクター・コピーライター。

◎1957年3月生まれ。早稲田大学商学部(マーケティングゼミ)を5年で卒業後、1980年第一企画(現ADK)入社。6年の勤務ののち、制作会社11年を経て、1997年(株)リプル(RIPPLE Inc.)を表参道に設立。数人規模で運営。

◎2016年1月、表参道のオフィスから、西武新宿線 上石神井(練馬区)のホーム・オフィスに変更(総務経理のみを残してのフリーランス化)。
さらに2023年12月、中央線・丸ノ内線 荻窪(杉並区)に移転。
ブログのタイトル「表参道の小さな広告屋から」を、リプル川島の「小さな広告屋から」に改題。

☆2025年5月、妻(ジャーナリスト川島 蓉子)の急浙(2025年1月3日 63歳)に伴い、(株)リプルは妻の会社(株)flowersへ5月に統合。
ブログのタイトルも「小さな広告屋から@川島CD」に再変更。

◎CD(クリエイティブディレクター)&C(コピーライター)として、企業の魅力を整理整頓し、ブレーンのグラフィック&Webデザイナーと共に表現化しています。


【実績の一部】 カルビーじゃがりこ(パッケージ)、ビデオリサーチ(ロゴ・Webサイト・インナーツール)、日立化成(カタログ・インナーツール)、介護のらいふ(ブランドブック)、武蔵高等学校中学校(学校案内)、アルカダイアモンド(広告・販促物)オークラヤ住宅(広告・販促物)、翻訳専門校フェロー・アカデミー(学校案内)、アドビ(会社案内)等
/その他 中小・個人企業さんとの直接のお取引。

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