東日本を中心に襲った大地震がもたらした、
ものすごい被害と
原子力発電所の放射能漏れから7年がたちました。

過去、何度かBlog&Facebookに書いていることと、
そう変わりはないのですが…

東京にいて、会社や自宅の物が
ほんのすこし倒れた程度の被害しか合わなかった
私の中に残った「自責の念」…

うーん、トラウマと言うほどではないけれど、
煮え切らず、引きずる気持ちがあります。

14時46分に揺れがあったあとも、
「夜中まで仕事を続けたこと。」

当日は、私の会社としては大きな仕事である
上場会社から依頼されたパンフレットの入稿日でした。
しかも、1冊ではなく、会社案内〜製品パンフまで
数種類の入稿。

銀座に買い物に行った高校生の娘が、
デパートから家に帰れなくなり、それを心配して
「仕事先から2〜3時間歩いて」迎えに行くという
妻の電話にも、あいまいにしか答えず、

(安全なデパートで大勢でいるのだし)
(仕事が締切日の責任もあるし)

そのまま夜中まで。

仕事は、広告代理店経由だったのですが、
その代理店が「延期しましょう」という判断や、
「クライアントを説得する」ということもなく。

いまにして「冷静に」考えれば、
「入稿の延期」を、代理店(→クライアント)に
「私自身が言うべき」だったし、
聞き入れられなければ、「けつをまくって」
入稿に穴を空けてもよかった。

社員のデザイナーを即、帰すべきだった。
(1名は夕方には電車と徒歩、1名はあきらめて徹夜作業。)

それは最近言われる
「働き方/自分の人生の見つめ方」ということにも似て。

大切なのは私が家族の元に帰ることや、少なくとも、
妻や娘の「気持ちによりそう」姿勢だったのでは。

被災地の方とは、段違いな傷(のようなもの)ですが、
いまもそのことを思い出します。

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